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3章-(7) ショーとジャンパー

5時過ぎ、やっと最後のひと目を編み終えて、1枚が出来上がり、寮へ戻ることにした。いつもなら、今頃散歩をしている頃だが、中間テストのおかげで、午後がすっかり空いて、自由の時間ができた。散歩は先にすませ、編み物に専念できたのだ。夕方の風が少し出て来て、寒くなってきた。

リュックの中で、携帯の音がしている。急いで取り出してみると、結城君 だった。
「今、ルームメイトは平気か?   今日はテストが終ったんだろ?」
「そう、終ったよ。ルームメイトは大丈夫、英語クラブの会に出てるけど、そろそろ帰る頃かも。私は今、森のグリーンベンチで、編み物をすませて、寮へ帰るところなの」
「グッド・チャンスだ! ベンチへ今すぐ走って行くよ。少し待ってな」
「クフ、でも、風が出て来て、寒くなってきたから、早く帰りたいの」
「よーし、ジャンパー持ってってやるよ。ついでに抱いててやるよ、待ってな」

香織は嬉しくなって、にこにこしながら、少しでも体が温まるよう、あたりを歩き回った。ついでに、クッキーとチョコもつまんだ。

結城君がすごい勢いで、息を弾ませながら、駆けつけてきた。大きな黒に 赤と白の線の入ったジャンパーを抱え、自分はジャージーのバレー部の上下を着たままだ。

「ほら、これにくるまってろ」
と、ジャンパーを香織にかけると、膝下まですっぽり包まれ、胸は2重に なって、香織は小さい子どもみたいに、ジャンパーに埋まっていた。
「クフ、あったかーい、ありがと」

結城君はジャンパーごと、香織を抱きしめて抱きしめて、キスをした。
「あ、チョコだな」
「クフ、あたり」
また、キスをした。

「アーア、久しぶりだあ。ずーっと、何も手が出せなかったものな。文化祭に引越しに、オレたちの文化祭に、オリのテストに・・」
と、つぶやきながら、またぎゅーっと抱きしめた。

「ベンチに座って、寒いのに編み物してた、ってのは、何かあったのか? へやには誰もいないんだろ」

ほんとに鋭い! 香織はふっと志織姉の手紙を思い出した。そう、あの重い手紙から遠ざかっていたくて、部屋を出てきたのだ。

ふるっと震えた香織の表情の変化に、結城君が言った。
「やっぱりそうか、何があったんだ? テストがめちゃくちゃひどかった のか?」

香織は首を振った。
「アメリカの姉から手紙が来たの。親友の裁判の証人にされたけど、英語で充分には言えなかった、って落ち込んでる手紙・・」
「そりゃ、無理ないよ。アメリカの裁判は、駆け引きがすごいしな」

香織は思い切って言ってみた。
「詳しいことは今まで、何も話してないけど、姉の手紙を読んだら、ショーにもどういう裁判かわかると思うわ。姉の手紙を見せたいから、読んでみてくれないかしら」 
「いいよ。オリが読んでも良いというのなら、いや、読んで欲しいと言うのなら、読んでみたいよ」
「前に、大阪でモルモン教徒の本を渡して、読んでもらったでしょ? 姉の親友はモルモン教徒だったの。その人が亡くなって、ご両親が裁判を起こしてるの。たったひとりの親友だった姉が、証人を頼まれてるの」

「わかった。じゃ、オリのへやの下で待ってるから、急いで寮へ行こう」

結城君は香織のリュックを持ち、香織を支えるようにして、いっしょに走り出した。

寮まで来ると、香織はジャケットを脱いで返し、リュックを受け取って急いで2階の10号室へ向かった。アイはまだ戻ってはいなかった。

引き出しから志織の手紙を持つと、上に自分のジャンパーを羽織って、階段を駆け下りた。

「これなの。この次、ワンゲル登山の時までに読んでおいて、その時、返してね」
「わかった。じゃあ、元気を出すんだぞ」

結城君は、自分のジャンパーを着こんでいた。寮へ帰ってくる人たちの姿が 見えて、香織の両手を包むようにして揺さぶると、もうキスなしで手を振った。

「じゃあな、オリ」
「バイ、ショー、ありがとね」

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