10-(5)さて、翌日!
よく朝、マリ子は4年2組の教室に入る先頭に押しやられた。女子全員が 思い思いのズボン姿で、マリ子の後に続いた。
「オオッス!」
マリ子が第一声を発すると、女子全員が思いっきり大きな声で、オッス! オオッス! と続けた。
男子はぎょうてんして、その場にくぎづけになった。
それから女子はそれぞれ、自分の席の方へ散った。マリ子は自分の机にむかう間に、ドスドスと足をわざとふみ鳴らし、男子の机やいすをけとばした。頭が熱くなっていて、マリ子は自分が自分でないみたいだった。あっちでもこっちでも、男子の机にぶち当たる音がした。
「そこ、どけ!」
「じゃまじゃあ」
「あっち、いっとれ」
「オレの机にさわんな!」
そのいきおいと言ったら、男子には、怒ったゴリラの大群がせめこんで来たように思えたらしい。
男子はみんな恐くなったのか、顔を見あわせながら、だまったまま、教室のすみに退いて行った。一番うしろの席の、大がらな林安志のまわりに、自然に集まっていた。ひとりひとりが、信じられないものを見る時のような、口を開けてぽかんとした顔をしている。
「ぎゃは! あれを見ろ」
まゆ子が教卓を指さした。空っぽだ。パンの山が消えてる!
「タヌキのやつ、パンのごみを、自分で片づけやがった!」
いつもなら、ひそひそとないしょ話するはずの、きのうのパンの結末も、 女子みんなで大ぴらに笑いとばした。
きのう、三上裕子がそうじ終了の報告に行く時、みんなワクワクで田中先生の登場を待ちかまえた。ところが、先生は会議があるから、女子は帰って よし、と言われて、見回りは後まわしにされてしまった。
マリ子たちは、パンの山をそのままに、全員手を洗ってから帰ったのだ。
たぶん、先生はその後で山を見つけて、どうにか始末したのにちがいない。
「ひとりで何べんも運んだにきまっとるで」
「のぞき見、しちゃりゃあよかった」
「ええ気味じゃあ!」
「黒板の字も消しとるで」
「恥じゃけん、読まれとうねぇんじゃ」
と、まゆ子が笑えば、藤木勝子は男子に向かって叫んだ。
「おめえら、教えちゃろか。タヌキのやつ、1学期からパンを61個も食い残して、机や本箱や教卓につっこんで、かびさしとったんじゃ。じゃけん、わしら、きのう黒板に書いてやったんじゃ。〈先生、このごみはどうしますか。もったいなくて捨てられません。それにカビがふけつで、さわれません〉てな」
まゆ子がすぐに大声で続けて言った。
「そげなそうじを、わしらがやらされたんじゃ。もうがまんができんけん、わしらぁ、きょうから男子になることにしたけん、そのつもりでなっ!」
それを合図に、女子が全員机の上にどんっ、どんっと音を立ててすわった。
男子はますますあっけにとられている。男子だって、机の上にすわることはめったにない。学級委員の横山和也が、林安志と顔を見あわせた。が、言葉も出ないらしい。
マリ子は机の上で脚をかかえ、ひざにあごを乗せたまま、つけ加えた。
「ということは、今日からそうじするのんは、おめえらじゃ。わかった?」
すると、大熊昭一が、安志のまわりのかたまりの中から顔を出して、 さけんだ。
「あほぬかせ! おなごが男になれるわけねぇわ。タヌキがくりゃ、すぐに おしめぇじゃあ」
「なにおう、もういっぺん言うてみい・・」
マリ子は机からとびおりて、窓ぎわの林安志の席へ突進した。他の女子も 全員がすぐについてきた。
昭一はそのいきおいにびっくりして、安志のうしろにかくれた。
「決闘に負けたくせに、なまいき言うな!」
と、マリ子が言えば、みんなが声をそろえて続けた。
「見てやがれ!」
その時、1時間目の鐘が鳴った。。