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9-(2) 鬼になると・・
お兄ちゃん、ちょっとだけお借りします。
マリ子は手を合わせてから、お兄ちゃんが丹精こめて作った鬼面を取り上げた。ずっしりと重い。
「おとうさあん、おまつりに行ってきまあす」
階段の下から、マリ子は2階へ叫んだ。
「おお、気いつけてな」
おとうさんは上の空で叫び返した。いつもの通り、碁にむちゅうなのだ。
病院へみまいに行って帰ると、すぐにおとうさんは2階へ上がり、碁石の音を立て始めた。そうなれば半日くらいは、じっとへやにこもっているはず。と、わかっていても、少し気がとがめた。
今までに何度も、マリ子も鬼になりたい、とねだったのだ。おとうさんも お兄ちゃんも、それだけはだめ、と突っぱねるばかり。
なんでだめなのよ。マリ子には納得できない。勉強以外のことなら、たい ていのことは、お兄ちゃんに負けやしない。自転車乗り、魚つり、木登り、水泳、かけっこ、早食い競争、腕ずもう・・。競争になると、おかあさんがついお兄ちゃんの応援に力を入れたくなるほど、マリ子は活発なのだった。
ただ、赤い上着を頭からかぶる時、布が胸のさきにふれると思わず、マリ子は声を上げそうになった。痛いっ! お兄ちゃんの服は細身すぎてぴったりで、マリ子は自分の胸もとを見下ろしてドキッとした。ぽっちり小さな3角形にもり上がっている。あわててマリ子はおふせぶくろをかぶって、前に たらしてかくした。ふうっ! すぐにも女だとばれるところだった。
玄関で高げたをはき、げた箱に立てかけた こんぼうをたしかめてから、 戸を開ける前に、マリ子は鬼面を頭にかぶせた。しゅろの皮をかわかした、もしゃもしゃのかみの毛を、背中にたらす。うっ、暗い! 重ーい!
目の穴からは、まわりが少ししか見えない。充分にかわかしたはずなのに、面を作った時の〈のり〉の臭いが鼻についた。
こんぼうを持って、戸を開けた。背がぐうんと高くなって、中学生かおとなになった感じだ。のっしのっし坂道へ歩き出そうとした。でも、高げたで 坂道を下るって、ほんとに歩きにくい。
転んで、面が取れて、女とばれてはたいへん!
マリ子は急いで戻って、たびの上からお兄ちゃんの運動靴をはくことに した。くつだけはお兄ちゃんの方が大きいのだった。
一王子神社の方へ向かって、思い切って、マリ子は歩き出した。ずっしずっし、わざと大またに外またに、力をこめてふみしめ、こんぼうはガツンガツンと音をたてて、道をこいだ。耳の中まで、ドキンドキンと鼓動は高まるばかりだ。でも、わくわく感も同じほど強い。ふふ、なりたくてたまらなかった鬼になっちゃった!
遠くの方で叫び声がしている。笑い声も、高げたのかっかっと走る音も・・。マリ子は早くも頭に汗をにじませていた。
お寺の下の角をまがろうとしたら、すぐ近くで声がした。
「ほうれ、鬼さんじゃ。言うてみ、まあちゃん。鬼よ、ぼろぼろ!」
ドキッとして、マリ子は立ち止まった。林のおばあちゃんだ。10ヶ月に なってるまさしちゃんをだいて、角の柿の木の下に立っていた。
まあちゃんは歯の生え始めた口元からつばをとばしながら、マリ子の方へ 手をのばした。気づいたかな。夏のイグサ刈りの時には、おんぶしてあげたもの。
「まあちゃんが元気で、大きゅうになれるように、鬼さん、頭をなでてやってぇな」
おばあちゃんはマリ子を待っていた。
マリ子はバレるかと身をかたくして、息をつめて近づいていった。
「こわいよう」
おばあちゃんの腰にしがみついて、顔をかくしているのは、おねえちゃんのあっこちゃんだ。
「ほっほ、でぇじょうぶじゃって。ほれ、鬼さんにこれをあげよ」
おばあちゃんは前掛けのポケットから出したものを、マリ子の手ににぎらせた。かたい手ざわり・・お金だ! わあい! 鬼は〈おふせ〉がもらえる のだ。マリ子はゆっくりと、面の目の穴までもちあげて、たしかめてみた。 10円玉だった。
マリ子は、鬼面を深くうなずかせた。
「ありがと、じゃて。ほんなら、これも・・」
おばあちゃんはまたポケットから出して、マリ子にわたした。こんどは細長いガムみたいだ。マリ子はうれしくなって、こんぼうを手に、まあちゃんをのぞきこんだ。
「ひー、あっち、いけぇ」
あっこちゃんが泣きわめいた。まあちゃんものけぞって泣き出した。
マリ子は大急ぎで、ガムとお金を胸の前に下げたふくろの中におしこんで、まあちゃんの頭をさっとなでた。ついでにあっこちゃんの頭もなでてやった。
「ぎゃあー! おばあちゃんっ」
「ほっほ、よしよし、ええ子になれるが」