2章-(6) 初来客と外人客
散歩から寮に帰ると、直子が待ちかまえていて、香織にこう言った。
「ねえ、テニス部の直井洋子さんが、寮の私のへやを見せて、って言うの。あの人、高円寺から通ってて、ほんとは寮に入りたかったんだって。いいでしょ。来週の火曜日の授業が終ってから、来てもらってもいいかな?」
「いいよ。別に予定はないから」
「なんだか、お土産を買ってきてくれるんだって。この学校の近くで売っていて、運動部の子はよく買うそうよ。あたしの知らないお菓子屋だった」
「楽しみね。お茶の用意をしなくちゃね」
直井洋子さんが寮を訪ねてくるという、火曜日の放課後、香織と直子はポットにお湯を入れに、多目的室のガス台へ走ったり、湯のみを3個そろえたり、準備をして待った。
授業が終ってすぐに、直子といっしょに寮に来ればよかったのに、直井さんはできたてのお菓子を買ってくると言って、直子と別れて、後からくることになった。
直井さんがやって来て、お土産の箱を渡された時、できたてのお菓子の匂いと温かさが、箱の上からもわかった。
「これ、自慢焼きって言うの。お風呂やさんの側にあるのよ。どうぞ、召し上がれ」
直井さんは箱を開けて見せた。きつね色に焼けたおまんじゅうが10個入っていた。直子がすぐに1つ取って、口に入れた。
「懐かしい!あんこがいっぱい!おいしいねえ」
香織も1口食べて、富江おばあちゃんがよく買ってくれたおまんじゅうを思い出した。
「ほんと、懐かしくておいしいね」
「場所はどこなの。あたしも買いに行くわ。ケーキよりあんこの方が、太らないらしいから」と直子。
「松ノ湯って、お風呂屋さんの隣にあるのよ。そんなに遠くはないよ」 と、直井さん。
直子と香織は近いうちに、見つけに行こう、ということになった。 帰るまでに、直井さんは何度もへやを見まわして、せまいけど、うまく作ってるのね。窓からの景色もいいし、学校は近いし、やっぱりうらやましい、としきりに言ってた。テニスで疲れたらまた来させてね、と言い置いて帰って行った。
その夜、香織は数学の予習を直子に教えてもらい、英語の単語調べをちゃんとすませて、丸印の日となった。
その週の終わりに、突然〈変わったこと〉が起こった。
週番の2年生が、1号室のドアをノックした。黙学時間中の7時半だった。
「笹野さんにお客様です。ポールさんという男の方」
「え? 外国人なの、オリ、それって何?」
香織と数学のテキストを見ていた直子が、先に口を出した。
「ええっ? そんな人知らないわ。だれかしら」
香織はまごついて、おろおろした。直子がさっとドアを押し開け、廊下を 走って、玄関の戸口にいるはずの人を、こっそりのぞきに行った。
直子はとんで帰ってきた。
「かっこいい、のっぽのアメリカ人みたい。茶色いヘアで、鼻が細くて高くて・・」
「どうして私に?」
「いいから早く行って。電話ボックスあたりから、見ててあげる」
直子に押し出されて、香織はろうかへ向かった。瀬川班長が、足音に気づいて様子を見に出て来て、香織に言った。
「必要なら、応接室へお通しするといいわ。黙学中に、ロビーで話すと、
寮中にひびくでしょ。男の人を応接室へ案内するときは、誰かが同席する ことになってるの」
「瀬川さん、お願いします、わたし・・」
香織はすぐにお願いした。英語で応対なんて、詳しい話なんて、とてもできない。
深呼吸してから玄関へ出て行くと、その人が神経質そうな落ち着かない表情で、香織を見て、固い笑顔を浮かべた。見覚えのない顔だった。
「ポール・スティーブンソンです」と英語で名乗った。声が廊下にこだまして、大きくひびいた。
「こちらのへやへどうぞ。今、黙学中ですから」
と、瀬川さんが落着いた笑顔で、すらすらと英語で応接室へ案内しようと した。香織はほっとして、下駄箱の中の客用のスリッパを取りに走った。