(私のエピソード集・17) 詐欺体験日記
ある年の12月、孫息子(23)を名乗る電話があった。今困ってるんだけど、親が二人共体調を崩していて、心配かけたくないから、祖母の私に電話したのだと。
「声が違うね」と私が言うと、それには答えずこう言った。
「オレのこと、親からよく聞いてる?」(関係の密度を探るためだった!)
「多少ね。朝6時半に出て、夜は10時頃になるって」
「そうなんだ、仕事が大変でね。それで夕べ、コンビニの駐車場で、車をバックさせてて、小さい女の子を轢いてしまって・・」
えっ、それは大変と驚いて、つい話に引きこまれ、先月もらった初月給で、早速車を買ったのか、とひとり合点してしまった。自転車しかないのに。
「向こうの親と警察とで、示談するんだ。来週はあちらは凄く忙しくて、今日示談が成立しないなら、裁判にすると言うんだ。100万か200万かある?」 (裁判は避けないと、と思い・・)
「そりゃ、少しはあるけど。今どこ?」(無いと言うべきだった!)
「東京駅近くだけど、今から1時間ほどで行くから用意しといて」
「いいけど、1時間で来れないよ。車はもっとかかる。気をつけて!」
と、そこまでは、ほぼ全面的に信用してしまって、同居の義姉にも伝え、ふたりで100万を用意し始めた。
すると二度目のTELで「高速で行けば、40分で着くんだ。頼むね」と言って、切れた。
二階にいた夫にその話をすると、保険屋が対応するはず、変だよ。任意に入っていなくても、強制保険があるはずだと。私も首を傾げた。
すると、十分ほど経った頃にまた電話が鳴り、八王子警察の防犯対策課のYと名乗った。「今タクシーの運転手から通報があって、八王子駅から乗せた、3人の男の話が聞こえて、詐欺ではないかと思ったので、警察に知らせることにした。男たちは、お宅の住所、電話番号、奥さんの名前と生年月日を言い、家には金を置いている、と言っていたというのだが、何か変な電話はありませんでしたか」
聞いていてぞっとしたのは、私の名前も生年月日、住所その他、すべて正確だったのだ。
「電話がありました」と、警察と信じてすぐに答えた。
孫を名乗った男の電話の話を、Yに伝えていると、夫が二階から降りてきたので、電話を代わってもらった。夫の電話は長々と続いていた。
その時、私はなんだか変だ、と思い始めた。孫は40分後に来るなら、今高速道路を走っているはず。八王子駅からの3人組がどうして、うちの事情を細かく知っているのか? タイミングが変! 夫の声が高まった。
「どうも信用できないな。さっきの話と、違うじゃないか。だまされたふりして、金を渡せ、だって? 渡す現場を押さえないと、現行犯逮捕できないだって? そちらがほんとに捕まえてくれるか、ほんとに来てくれるのか、信じられない」との、夫の理詰めの応対が聞こえて、ますます変だと思った。
「警察に電話してくる」と、夫に小声で言って、私は隣家の電話を借りに走った。その頃、家にはケイタイはなく、1台の電話器を使っている間に、子機でよそへかけることはできなかった。
八王子警察に事情を話すと、すぐに警官を送ると言ってくれた。
家に帰ってみると、夫にはその後、数回電話がかかってきたが、合間にナンバーディスプレイ(番号表示)を調べてみると、最初にかかった孫を名乗る男の携帯番号と、Yという男の番号が、まったく同じとわかり、これは完全に詐欺一味だと、確信したという。番号表示は実に有効なシステムだった。
「Yが言うんだ。お金に奥さんと旦那の指紋をつけておいてくれ。近くを何人も見張っているから、警察には連絡しないでくれ、と。指紋をつけるなんてやりたくない、と答えた」
夫は迷っていたという。だまされたふりをして話を続け、本物の警察が来るのを待って、犯人たちを捕まえるか、きっぱり断って連絡を絶つかと。
「それで、いくら用意したらいいのか、と訊いてみたんだ。100万と言ってた。金の管理は僕はしてないから、あるかわからないが・・」と答えている所へ、私が戻り、小声で2、30万と伝えた。夫はその通り言ったが、相手は信じなかったらしい。
「しまいの頃、もう一度、最初に出た孫を名乗る男が電話に出て、金が家にあるのはわかってる、金を貸してくれる気があるのか、と訊くから、払う気はない、とはっきり言ったら、これから20人で、バットを持って押しかけて行くから、そのつもりでいろ、くそじじい! と叫んで電話が切れた。その前には、Yが5人で行く、と言ってたんだが・・」と夫は言った。
くそじじい! には、義姉も私も笑ってしまった。でも、住所も何もかも知られている不気味さと、いつ襲って来るかも、という懸念はあって、不安はいつまでも残った。
本物の八王子警察の警官二人が訪ねて来て、一部始終を聞くと、「警察には防犯対策課は存在しない。犯罪防止係というのはあるが」とのこと。
最近八王子で2件の詐欺事件があり、1件は金を取られ、1件はだまされたふりして警察に通報し、警察が待ち構えて、現場で捕まえたが、今回のは新手ですね。タクシーの運転手からの通報、と言いましたか、とメモしていた。そして電話機に残った「7つの同じ番号表示」を写真に写して帰った。
この話を、読書会で話したら、70代の方が「私が重い手術入院で、ゴタゴタしていた最中に、家に居て電話を受けた夫が、振り込んでしまい、手術後、600万をだまし取られた、と夫が意気消沈していた」との話。
他にも100万渡してしまったが、外聞が悪くて警察には届けていない、という話も別の人からもれ聞いて、世に知られていない被害は、何倍もあるのだと、はっきりわかった。私たち高齢者は「詐欺狙いお年頃」なのだ!
詐欺被害のTVニュースを見るたび、なぜひっかかるの、と義姉と呆れたり焦れたりしたものだが、自分たちが危うく罠にかかりそうになるとは! 息子たちでの詐欺電話は、3回うまくやり過ごしたが、孫の名をかたるのは初体験で、家族間の連絡を密にしておかないと、と強く思った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?