14-(3) 配役はどうする?
裕子の細い声が、さわぎの中から聞こえた。
「せんせい、ピーター・パンは空を飛ぶじゃろ? どうやって舞台の上で 飛ぶん?」
「それじゃて。一番の問題じゃが。ほんまには飛べんわなあ。そのかわりに、飛んどる感じに走りまわったり、身軽に身軽に動くしかないなあ」
先生はみんなをぐるりと見わたして言った。
「集まってもろうたついでに、ここでみんなの配役と役割をだいたい決め とこう。帰りに台本を印刷したのを配るけん、みんな自分の役をちゃんと 覚えるんぞ。時間が足りんし、田中先生はおられんで、わしひとりじゃ けん、みんな協力してやってくれるな」
はい、はい、はーい!
「まずはピーター・パンじゃが。こん中で、身軽で体操のとくいな人は だれかな」
そりゃ、マリちゃんじゃ。
マリッペじゃ。
だんぜん、戸田マリ子!
いっせいにわめき声がとどろいた。1組の大屋の加奈子が、ひときわ高い声でつけ加えた。
「先生、知らんのん? マリちゃんはさかだちして、なんぼでも歩けるし、トンボ返りもできるし、8段のとび箱も飛べまーす」」
まるで自慢してるみたいに聞こえた。マリ子は首をすくめて小さくなった。
「ほう、そりゃ助かる。そりゃ決まり、じゃな。みんな、ええか?」
大拍手のうちに、じつにすんなり、マリ子がピーター・パンと決まった。
ひゃー、どうしよう。青鬼よりすごいことになっちゃった! 主役じゃないか! せりふが多いのは困るけど・・。
マリ子の困惑をよそに、配役はどんどん決まっていった。インディアンや 海賊や妖精は希望者が多くて、じゃんけんで決めたりした。
三上裕子はナレーターになり、大屋の加奈子はウェンディに、お寺の静江は妖精のひとりに志願した。身体の大きい林安志がフック船長に、大熊昭一はインディアンのひとりになって、早くもホッホ、ホッホと甲高い声を上げている。
ウェンディのへやの絵と、ネバーランドの島と海賊船の3枚の絵を、背景に大きく描く人たちも決まった。ワニだけは、最後までなかなか決まらなかった。だれも名乗り出ず、指名されると、いやだとつっぱねられて、がくり返された。
「金子先生がいっちゃんええが!」
と、だれかが叫ぶと、いっせいに拍手になった。
「このわしまで舞台に上がるんか?」
先生はいっしゅんおどろいた顔になったが、すぐに顔じゅうくしゃくしゃにして笑った。
「まあそれもええか。身体はでかいけん、迫力あるワニになったるで! 先生ちの〈ピーター・パンごっこ〉の延長じゃと思や、楽しいもんじゃ」
衣装はそれぞれの役で相談して決めることになった。思いきり奇抜で、おもしろいのを考えてきて、ほかのグループが意見を言うことにもなった。
「あんましお金はかけんようにして、工夫するんぞ。なんしろ、先生ちの〈ピーター・パンごっこ〉が元なんじゃけん、せんぶただでやれるんじゃ けん」
マリ子は自分の役割のことなど忘れて、わくわくしていた。金子先生は ほんとにいいなあ。すごく自由でのびのびした気持ちになれる。マリ子に だって、ピーター・パンがやれそうな気がしてきた。
「ところでな、このことはほかの学年にゃ〈秘密〉ぞ」
金子先生は大まじめな顔に戻って、みんなに念を押した。
「そのうちバレるのはわかっとるけど、なるべく長ーく秘密にしとくん じゃ。何をやるんじゃろう、なんか楽しそうなが・・と思わしといて、 こげんすげえのをやれるんか、とびっくりさせた方が、よけい楽しいと 思わんか?」
みんなも目を輝かせてうなずいた。
「よし、これでぜんぶ決まりじゃ。帰りにわしは田中先生の病院に寄って、報告しとかんとな。2組の学級委員は、近いうちにわしといっしょに、お見舞いに行こうな」