(38) お嬢さま
テニスラケットをのぞかせたボストンバッグを足元に置いて、姪の鈴江が 珍しくも、おとなしくソファに納まっています。
岡さんはコーヒーをいれてやりながら、探りを入れました。
「試合に負けたの? あなたの高校で、あなた ナンバーワンなんでしょ?」
「勝ったけど・・」
「それじゃ、元気を出しなさい、変よ、今日は・・」
いつもなら、やって来るなり、床の上にどさっと寝そべって、疲れたあ、腹ぺこだあ、と男の子のような口をききます。170センチあまりの背丈に、アンバランスな童顔をのせて、言うことなすこと、幼い17歳でした。
「大学付属のG学園と対戦したんだ・・」
鈴江はケーキをつつきながら、ぽつりぽつり話し始めました。
試合は順調に勝ち進み、終って、汗まみれで洗面所に入ろうとしたら、中から開けられたドアに、思い切り向こうずねを打たれてしまった。
「出て来た相手チームの選手が、何て言ったと思う、おばちゃん? ごめんあそばせ、大丈夫かしら、おみあし、って・・。ショック! わたしと同じ年なんだよ。おみあし、だって・・」
吹き出しかけて、岡さんはシンとなりました。言葉の向こうに、その少女の住む世界が見えるようです。
「ああ、疲れた!」
付け焼き刃はほんの一刻、鈴江はもう床にずり落ちて、脚を投げ出していました。
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