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8-(3) 裏切られ、我慢限界
学級委員が決まって、マリ子はほっとしていた。でも、その後が前より よけいにまずいことになってしまった。先生が職員室へ戻って行き、皆が
帰りかけた時、大熊昭一がマリ子のそばに寄ってきて、はやすように言ったのだ。
「ひいき、ひいき、ひいきもん!」
昭一のかん高い声で、みんながマリ子に注目した。1学期には、コソコソ 言われていたのが、今はまさに大ぴらになってしまった。
「そげんこと、言わんの」
裕子が精一杯の声で昭一を注意してくれたが、きいてくれる相手ではなかった。マリ子がいやがるとわかると、昭一はよけいに声をはり上げた。
中野まゆ子は、マリ子と目が合うと、つんとして目をそらした。学級委員になるつもりが、整備係にされたのが悔しくてならないらしい。
「ひいき、ひいき、ひいきもん!」
昭一はしつこくはやしたてる。
マリ子は手さげぶくろを昭一にぶつけた。
「もういっぺん言うたら・・」
マリ子は言いかけてつまった。どうしてやろう? とびかかって、ひっかいてやる?
「なんべんでも言うちゃらぁ。ひ・い・き! ひ・い・き! マリッペは、ひいきもん!」
昭一はますます図にのった。まわりで男子のれんちゅうが笑い、いっしょに口まねするのもいた。それだけ今まで、先生とマリ子に不満だったのだ。
裕子がマリ子の腕をしっかりつかんで、ささやいた。
「ほっとき、帰ろう!」
マリ子は裕子に引きずられるようにして、教室を出た。
裕子と別れて、西浦の家へ向かいながら、マリ子は手さげぶくろを、敵みたいにふりまわしていた。今までずっと、昭一の味方のつもりでいたのに、 なによ! 真上から照りつける日射しも加わって、頭の中まで燃えるよう だった。
昭一には裏切られた気がした。というのも、田中先生は大熊昭一に対して ひどすぎる、とマリ子は1学期の後半、実はこっそり、昭一に同情して 見守っていたのだ。
いつか昭一のために、先生に抗議してやる、と思っていたくらいだ。すぐに実行に移せなかったのは、マリ子自身が〈ひいきもん〉と呼ばれていることがわかって、先生に近づきたくなかったからだ。
昭一は4月の初めから、先生に近づきたいのか、いつも教卓のまわりをうろ うろしていた。先生の手伝いをしようと、わしにやらせて、とすぐに手を出すのに、なぜかまずい結果になってしまう。
花瓶を落として割ってしまったり、プリントを落としてバラバラにしたり、汚してしまったり、先生にぶつかって怒らせたり・・。マリ子には昭一の 気持ちがわかるのに、先生には結果しか見えないらしい。
三上裕子の話では、3年生の時も、昭一は担任の先生につきまとっていた。その先生にはかわいがられて、昭一は先生の用事をうれしそうにやっていたという。昭一には父親がいなくて、母と妹と暮しているから、そうなるのかも、と裕子に聞かされて、マリ子はよけいに昭一を注目していたのだった。
田中先生は昭一をこっぴどく叱った。出席簿でなぐるのは、序の口だ。黒板の前に立たせたり、ろうかに座らせたり、ばつそうじを命じたり、運動場を走らせたり・・。丸顔の目鼻立ちもかわいい昭一の明るい顔が、だんだん ふくれ面になっていくのを、マリ子は気にしながら何もできないで、そんな自分にも不満だった。
マリ子をちやほやするだけ、田中先生はだれかに当たりたくなるのでは、とマリ子はひそかに、自分のせいのような気がすることさえあった。
家に着くと、ものすごいいきおいで、マリ子は2階にかけ上がった。西側のマリ子たちの部屋にかけこんだのと、手さげぶくろをぶんなげたのと同時 だった。
「ひゃっ、あぶねっ。どげんしたんじゃ」
お兄ちゃんがむっくり起き直った。先に帰ったものの、暑さまけでたたみの上にのびていたのだ。
マリ子はとたんに、わあっと破裂泣きした。がまんの限界だった。くやしい、くやしいんだ! くやしい!
「朝言うとった、いやなヤツか?」
マリ子はいっしゅん、泣きやんだ。うなずこうとして、何かちがう、と思った。いやなヤツの顔が、いくつもふえていた。タヌキだけだったのに、昭一のやつまであんなふうにからんできたし、あゆ子まで、マリ子を目の敵に しそうな気配だし・・。裕子をのぞいて2組全体が、マリ子の敵にまわったみたいな気がした。
あしたから、どんな顔して教室へ入って行ける? マリ子はまた泣かずにはいられなかった。
「わかった、わかった。泣くなって」
「おにいちゃんやこに、わかるもんか。うち、もう学校に行きとうねえ」
マリ子は泣きじゃくりながら、言い放った。
「ほんなら、もうずっと休むか?」
マリ子は口をとんがらせて黙りこんだ。そう言われると休むのは〈まけ犬〉みたいで、くやしい。お兄ちゃんが追い打ちをかけた。
「休んでかくれとるのは、マリッペらしうねぇ。マリッペは決闘する方が、ぜったい似おうとる」