7-(6) 地蔵祭りの朝
「マリッペ、早よ起きろ、みんなが呼んどるで」
お兄ちゃんにゆり起こされた。マリ子ははね起きた。
地蔵祭りの朝は、日の出といっしょに、みんな早起きする。さそい合って、ガヤガヤ言いながら、地蔵堂のある大クスノキめざして歩くのだ。
道ばたの草にもかきねの葉にも、朝つゆが光っていた。昼間のむんむんするような暑さとちがって、空気はさわやかだ。セミたちは早くも、ジージーとやかましく鳴きたてていた。
地蔵堂はきれいに飾られていた。ケイトウやキンセンカ、コスモスなどがあふれるほど供えてあった。地蔵さまの赤いよだれかけは、新しく取りかえられ、千羽鶴もかけてあった。
マリ子は地蔵さまの前で、神妙に手を合わせた。あのお米のこと、うまく いきますように!
みんなも思い思いに手を合わせると、あとは、わぁーと、大クスノキの下に
今日だけ置いた机のところへかけつけた。
そこに良二のばあちゃんが、もろ箱を前に置いて、待ちうけていた。 かぶっている手ぬぐいももんぺも、きれいに洗ったものだった。
良二もかけつけて、そばに立っている。みんなを迎えたばあちゃんの目は、はればれと輝いていた。
「ようお参りしんさったな。わしのせいいっぱいの接待を、受けておくれんせぇよぅ」
マリ子は昨日とうってかわったにこやかな口ぶりに、ついばあちゃんの顔を見つめてしまった。
ばあちゃんは並んだ子どもたちに、順に言葉をかけながら、良二といっしょに、竹の皮のつつみをわたしていった。
「腹いたおこさんようにな」
「火でいたずらしたら、いけんぞ」
マリ子の番になった。
「はちまんと言われとるうちが花ぞ。元気でやりんせぇ」
マリ子はぽかんとしてしまった。花ぞ、だって、ほめられたのかな?
だれかがすっとんきょうな叫びを上げて、マリ子の思いは吹き飛ばされた。
「ぼたもちじゃ、ぼたもちぞ、すっげぇ!」
みんな自分の竹の皮をこじあけた。マリ子も開けてみた。
大きなあずきのぼたもちと、きなこのおはぎが並んでいた。そして、その そばにササの葉にくるまれて、きざんだ浅漬けのつけものがそえられて いた。
「うんめぇえ!」
俊雄がひと口食べて、やぎみたいに叫んだ。マリ子も指でつまんでたべて みた。甘くてねっとりとやわらかくて、空腹にしみるようなうまさだった。
きのう訪ねた時、台所からただよっていたのは、あずきを煮る匂いだったのだ。ばあちゃんは、もしかしてこれで最後かも知れない接待に、一世一代の思いをこめて、これをふるまおうとしていたのだ。村のだれにも負けない、すばらしいごちそうだった。
マリ子はそっとばあちゃんの方をそっと見た。ばあちゃんはみんなの感激の表情を、これ以上ないほど、うれしそうにながめていた。
お米はどうしたか、って?
みんなには、正太がこっそり説明してまわって、みんなから「マリ子に やっていいよ」という返事をもらってくれていた。
そして、お米そのものの方は・・。
祭のその日、おとうさんとおかあさんが、2人で畑に出たあいだに、マリ子は大急ぎで、米びつの中に入れ足して、表面を平らになでておいた。
お兄ちゃんは借りてきた『少年倶楽部』にむちゅうになっていて、何も気づかないままだった。
これでやれやれのはずだった。
ところが、その晩の食事の時に、おかあさんが首をかしげた。
「へんじゃね。米びつの米の色が、いつもとちがうが・・。たいてみたら、味もちごうとるし・・」
マリ子はあわてて、茶わんで顔をかくすようにして、ごはんをかきこんだ。
「ん、うめえ。米つぶが立っとる」
お兄ちゃんが茶わんを目の高さに持ち上げた。
「そりゃ、おかあさんのたき方が、うまくいったんじゃちこ」
おとうさんがそう言ってくれて、マリ子はやれやれだった。
でも、おかあさんはそれからしばらく、首をかしげては、マリ子の方を見つめる気がした。
「変じゃね。お米が多い気がする。だれかが足したようなが・・」
もう少し、ぼうっとしたおかあさんだったらよかったのに。
でもとにかく、マリ子はひっしでだんまりを通した。マリ子にしては、 めったにない、というより初めての、お母さんへのひみつだった。
良二のばあちゃんの接待は、もちろん村中のおとなたちの評判になった。 おかねさん、ようがんばって、孫をよう育てて、とあらためて見直される ようになった。あの口の悪い俊雄のばあちゃんまでも、しばらくは黙らせてしまったのだった。
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