ツナギ2章(5)洞では・・
ツナギたちがやっと洞に帰り着くと、オサに言われたのか、3人のオババ たちが、嫁や娘たちを指図して、大活躍していた。
トナリのババは、サブの母親 (オサの妻) といっしょに、飯焚きと食料担当だ。水に漬けたトチの実を煮たり、灰汁 (あく) 抜きの木灰を用意したり、 どんぐりや柿を干したりしている。
カリヤのババは嫁や男の子たちの集めた、カラムシやシナノキの皮などを、岩の上に広げさせている。乾燥したら、裂いて糸を取り、オリヤの嫁や娘 たちと布に織るのだ。
炉部屋の壁を背に座りこんだヤマジのババサが、キノコの選別、薬草探しを指揮していた。
ババサはじっちゃと同じ年の50歳で、村では最長寿だ。今でも若い嫁たちや若者と森へ行き、薬草やキノコのありかと効能を教えている。毒キノコを見極める達人だし、けが人や病人を治すのも得手 (えて) だった。
なんでも、ヤマジを生んでまもなく、若い身空で連れ合いを毒キノコで 失い、以来森に入っては、キノコや名も知らぬ草を集め、その使い道を、 遠くの村の古老をも訪ねて、調べ続けたという話だ。
大波にのまれて生き残ったシゲ兄は、洞の皆に大騒ぎで迎えられたそうな。運の強い男だ、たぶん亡き妻に守られたのだと・・。
今はいろりの傍で、折れた腕に布を巻かれて眠っていた。じっちゃの乾いた服を着せられ、いびきをかきながら眠っている。傍らにはネムノキの樹皮を煎じた器が置いてあった。ババサが骨折部分に塗ったものらしい。麻の茎を煎じた器もあった。
その傍らで、ジンとシゲの母親が、娘たちの採ってきた大麻の茎の、皮を 剥いでは水に漬けている。大麻糸にするのだ。時々シゲを安堵の表情で眺めながら、両の指を灰汁で黒くしながら・・。
ツナギたちのカメ12個は、ひとまず奥の物置にしまわれた。
オサが竹を縛り付ける手を休めて、大声でほめた。 「よくがんばったな。ジンも2個かつげたか。助かるぞ」
ツナギとゲンは顔を見合わせ、にいっと笑い合うと、口々に叫んだ。 「これからもう一度行くんだ。それから明日も」 「それはありがたい。助かるぞ」
その時、じっちゃが竹林から竹を引きずって、戻って来た。
石斧を手にしたカジヤとナメシヤが、後ろから支えながらついてくると、 さっそく枝葉を切り落とし始めた。岩に斜めに差しかけて並べた竹の上に、この枝葉を張り巡らして、縛り付けるのだ。
3人は午前中にもう10数本も切ったらしい。じっちゃは竹林の竹1本1本に印をつけてあって、3年を過ぎたものだけ、切ることにしていた。
じっちゃは竹カゴ用に竹を薄くはぐのが得意で、ツナギは練習中だが、まだなかなか長くつなげられない。
ツナギたちが竹筒に水を足したり、タンカに使ってぬれたままのなわをほどき、もう一度出かける用意をしていると、サブの母親がツナギたち6人に、ハス餅を配ってくれた。掘りたてのハスをすりおろし、じっちゃが去年作ったドングリ粉とこねて、柿で甘みをつけて、焼いたものだ。
「おう、うまそうだな。俺たちにもくれ」 と、どら声を上げて岩の坂を登ってきたのは、ヤマジとトナリたち4人だ。シゲを助けた後、また里芋掘りを続けて、その収穫物を葉と茎ごとかついで戻って来たのだ。すべて岩の上にぶちまけて、陽に干したところだった。
その向こうの岩の上には、腸 (わた) を抜いた魚がずらりと陽に干されている。あたりの岩を埋め尽くすほど、キノコ、里芋、柿、クルミ、大豆など、足の踏み場だけあけて、干し物が広げてある。恵みの太陽だった。
そこへウオヤが魚籠 (びく) をかついで、登って来た。汗をぬぐいながら、 満面の笑顔だ。 「これで3度目だ。またワタ抜きで忙しいぞ。助けてくれ」 「おうよ。まずはハス餅を食ってからな」 と、ヤマジが言えば、サブの母親がハス餅を配って歩いた。
じっちゃがツナギを呼んで、いくつかハス餅を包んだ物と、里芋入りの袋を渡し、ウオヤから干しかけの魚ももらって、カゴに詰めこませた。 「カメの交換品を渡してやらねばな」
20匹ほどの魚も加えて、ツナギが背負うと、ずっしりと重い。でも、姉やサヨが喜ぶ顔が見えるようだ。
竹藪側から娘たちが3人、ヤマジの娘のヤエを先頭に、前掛けにどんぐりやトチの実を抱えて上がって来た。
ヤエが、ツナギの隣にいたゲンにひらひらと手を振って、深い片えくぼを 見せた。小柄だが力があふれて見える。ゲンは赤くなってにっと笑うと、 あらぬ方へ目をそらした。年が明ければ、ゲンの嫁になる約束の娘だった。
ツナギとサブは顔見合わせてにやついた。シオヤの嫁候補は、まだ森の中らしい。
「行くぞ」とゲンが振り切るようにひと声発して、なわ束を肩に先に立って坂を下り始め、ツナギやサブたちも後に続いた。
カノ姉とクグ兄が魚と里芋をたいそう喜んでくれた。サヨは目を覚まして いて、ツナギの背におぶさってはしゃいだ。ハス餅もおいしそうに食べてくれた。
こうして2度目も、2個ずつ12個のカメを、洞へと運んだのだった。
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