5章-(4) 直子と結城達招待
「さあ、電話をしたり、ルームメイトを呼んできたり、すぐに始めなさい。パパはここでもうしばらく休んでいるから」
香織は寮へ飛んで帰った。
直子の羅針盤は、2階の〈ラウンジ〉だった。テレビの前でロックバンドに合わせて、身体をゆすっていた直子は、香織の話を聞くと、金切り声を上げた。
「え? オリのパパと食事? 結城君とポールも? おおおっ!」
すぐさま、ドドドドと廊下を音立てて、階段を下り、へやへと駆けもどった。香織が追いついた時には、直子は洋服箱を引っ張り出しているところ だった。
「思いっきりおしゃれしちゃお」
直子が舞上がっている間に、香織は週番室からケーキを受け取り、瀬川班長に届けに行った。3号室をノックすると、ドアが開いて人声がきこえてきた。
「パパから差し入れです。班の皆さんでどうぞ、これからパパと出かけて 来ますから」
「わあ、ケーキじゃないの。うれしっ!」
「行ってらっしゃい」
「久しぶりに甘えてらっしゃい」
2年生たちに見送られて、香織はもうひとつの大仕事、結城君たちを招待 する電話をかけに走った。電話には、結城君のママが出た。
「2人ともまだ寝てますよ、日曜はいつもこうでね、でも、きっと大喜び して、はね起きますよ。12時少し前に、清和の門の前ですね」
よかった、これで大丈夫。香織は廊下を駆けて、直子のおめかしごっこに 加わった。
30分ほどで、2人はすっかり変身していた。直子はトレーナーから、 ダークブルーのワンピースと白いリボンに、香織はトレパンから、白地に 青い小花の飛んだレイヤードスカートと白ブラウス姿に。
香織のヘアーは直子が手伝ってくれた。三つ編みを結い上げてまとめ、 まわりをフワフワのゴム入りクリーム色リボンで花飾りのように囲った。
「すてき、オリ。細い毛がこぼれて光ってる」
「直子もすてき。ぜんぜん太って見えないよ」
2人は小さなバッグを手に、へやを飛び出した。
ネムノキの下のベンチの上で、パパは眠っていた。
「お待たせ、パパ」
香織がパパの鼻をつつくと、パパは眠そうに目を開くと、2人を見て驚いてはっきりと目を覚ました。
「ほう、馬子にも衣装髪かたち、ってほんとうなんだなあ」
むっくり起き直って、パパは香織と直子をつくづく見つめた。直子と会釈を交わし合い、パパは、すっかりムスメだ、とつぶやいた。
「ウッドドールに予約を5人分入れておいたからね」
と、パパは言った。
門まで歩いて行く間に、パパは直子のよき話し相手になった。
「パイロットは、世界中の国を訪れることが出来ていいですね。カナダ とか、ニュージーランドとかノルウエーとか、行ってみたいです」と直子。
「簡単ですよ。スチュワーデスになればいい。香織にききましたが、あなたは世話好きで面倒見がよく、親切な方だとか、その上勉強がよくできて、 健康そのものなら、スチュワーデスにこれほど向いてる人は少ないですよ」
「えーっ、私でもなれますか? 重すぎて飛行機が傾きそう」
「お相撲さんだって乗れるんだから、悲観することはありません」
ウフッ。大真面目なパパの答えに香織が吹き出すと、パパも直子も笑いの 渦に巻きこまれた。
パパにヒントをもらって、直子はその日から、本気でスチュワーデスへの 夢を、育み出したのだった。
サクラ並木の終りの石門の影に、2つの顔がのぞいたり隠れたりしている。
「結城君だ」
直子が上ずった声を上げた。パパは察したらしく、香織を見てにっこりした。
行き先のレストラン「ウッドドール」の前で、パパは感慨深そうに言った。
「なつかしいなあ。今も繁盛しているんだね」
学園通りの高級フランス料理店で、学生はめったに入っていない。
結城君がパパに話しかけた。
「ひょっとしてぼくたちの先輩、星城高の卒業生ですか?」
「そうです、柔道部でした」