14-(8) ピーターパンその後
幕が閉じ、舞台を下りる群れにまじって、舞台の袖の階段をおりたとたん、マリ子はぐいとうでを引っぱられた。
「まあ、マリちゃんたら!」
その泣きそうな声は、おかあさんだった。うす暗がりの中で、おかあさんはそれだけ言うと、マリ子をぎゅっと抱きしめてしまった。会場をかきわけ、舞台の袖まで押しかけて、マリ子を待ちかまえていたのだ。
「おう、戸田先生、来られましたか。マリちゃんは、いやあ、すごかった ですなあ!」
その声は、なんとゴリラ校長先生だ。
「どうぞ、こちらへ」
校長先生は幕の内側のいすをすすめた。おかあさんは恐縮しつつ座りながら、抗議する口ぶりになった。
「校長先生、お願いですから、あんまりこの子をほめないでください。私はハラハラして、ほんまに命が縮まりました」
「いやいや、マリちゃんのあの天性の運動の技がなかったら、こううまくはいきませんでしたよ。よくやった、マリちゃん! やっぱりほめてやりたいですよ」
おかあさんはまだ納得していない。
「ピーター・パンになると聞いて、私は喜びましたけど、あげに飛んだり はねたり、くるくるまわったり、動き回るなんて・・帽子をきつく編んで おいて、ほんまによかった! ぬげてしまうかと、ハラハラしましたわ。 さかだちだなんて。連続側転なんて、マリ子、いつのまに、あげに・・。 あんた、瀬戸の園子さんに教わったん?」
マリ子は首をかしげながら、半分うなずいた。
「まねしただけじゃ」
「園子さんというのは、県大会優勝の体操選手の藤野園子さんですね。 ははあ、マリちゃんもそっちの方で活躍しそうじゃな。中学生になったら、ぜったい体操部じゃな」
おかあさんは肩を落として、小さく吐息をついた。
「それがこの子にむいてる、ってことですかねえ」
マリ子たちの目の前を、着物姿の女の子たちが、舞台に上がって行った。 この日本舞踊が終れば、5年生のオペレッタ劇で、今日の会はしめくくられる。楽屋の戸口には、もう白い白鳥姿の5年生たちが群がっていた。
「うち、着替えてくる」
マリ子はすっと立ち上がった。おかあさんはまだ校長先生と話し終えては いなかった、2人はマリ子の頭の上で言葉を交わしていたのだが、マリ子は実は、胸の中で小さくつぶやいていたのだった。
「うち、また劇をやりたいな。自由にとびまわる劇だといいな。とっても おもしろいもん。拍手されると、わくわくするし・・」
これが今のところマリ子の心を占めている、一番たしかな夢だった。その うち、もっとちがうものを見つけるかもしれないけれど・・。
(完)
[このままで終にしたいのですが、ほんの少し背景などを、追記して おきたくなりました。蛇足になるかもしれませんが、この頃の裏話と して、《追記(1)~(3)》を残しておくことにいたします]
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