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 6-(4) マリ子は防波堤

「どうじゃやった、楽しかったか?」
おとうさんがゆかた姿で、お宮さんの階段下にやってきた。そろそろ店  じまいが始まり、人の姿もまばらになっていた。マリ子はうなずいた。

「俊ちゃんらと、花火をしたんじゃ」
「そうか・・」

おとうさんは口が重くなった。社務所への階段を見上げている。マリ子は おとうさんの腰を押してやった。2人は階段を28段上がった。

「おう、先生、ごくろうさんで」
迎えた川上のおじさんは、マリ子を見ると目を見張った。

「つきそい、です」
マリ子はぴょこんと頭を下げた。

「つきそいが、いるんか?」

マリ子はうなずいて、真顔で説明した。

「ぜったいおとうさんに、酒を飲ましたらいけんの。うちのおとうさんは 飲めんのに、飲ます人がおるけん!」

おじさんはガハハと笑った。
「そりゃ、ええなぁ。マリちゃんの防波堤なら、でぇじょうぶじゃ」

畳のしいてある広間には、この地区のほとんどの戸主が集まっていた。  男衆の代わりに女衆が出ている家もある。

宴会の手伝いにかり出されたおばさんたちが、へやのすみで酒もりの準備をしていた。その中に、しげるのおかあさんの姿もあった。

神前にそなえられたお神酒おみきが、何本も広間に運びこまれていた。

川上のおじさんが、みんなに大きな声で伝えてくれた。

「今夜は先生に議長をしてもらうんじゃが、酒の方は飲まさんように頼むで。マリちゃんが見張っとるけん、あとがきょーてーこわい、きょーてー」
どっと笑い声が起こった。

おとうさんの議長は、高校の先生らしく、うまいものだ。マリ子はおとうさんのうしろで、議事が終るまで安心して、おとなしくひかえていた。

この地区への水道工事は、来年の春から始まるそうだ。どの家でも、口々にありがたがってはいるのだが、負担金が一番の問題らしい。

坂の上の家、下の家、村道からかなり引っ込んでいる家、それに負担金など払えそうもなくて、水道を引くのを見あわせたい家、とそれぞれに事情があるらしい。

「借家の水道は、家主が払うてくれるんじゃろな」

とつぜん、しげるのおかあさんが、へやのすみにひかえている女たちの間 から、声を上げた。岡田のおっちゃんは〈よりあい〉には出ていない。  でも、娘であるしげるの母親が、かわりにきいてあげているのだ、とマリ子は思って、身を乗り出した。

川上のおじさんは、ためらうようにうなった。

「そうは言うても、すこしゃ負担してもらわにゃ・・」
「そのせぇで、きょうアイツと大げんかしたんじゃ。ぜにを貸せ、やこ言われてな。水道を入れてぇそうな、あのばちあたりの道楽もんが!」

おばさんは、はきすてるように言った。いっしゅん、座がしんとなった。

なんだ、おばさんはおっちゃんの代理で言い出したのじゃないんだ。その 反対らしい。マリ子の肩の力がぬけた。おっちゃん、かわいそう!

岡田のおっちゃん夫婦は、水くみには苦労していた。とくに、太ったおば さんの方は、足も悪いらしく、川上の大家の井戸から運ぶ時には、バケツに半分ほどを、よたよたしながら、やっと運んでいた。見かねてマリ子が運ぶこともある。おっちゃんはだれよりも水道がほしいのに、負担金は払えないらしい。おっちゃんは、ばちあたりの〈道楽もん〉だって。それって、何のこと?

マリ子が首をひねっている間に、いろんな意見や文句がごちゃごちゃととびかった。それをおとうさんが、なんとかまとめていった。

それでも、ひと晩では話は終らず、またもう一度、集会が行われることに なった。
借家の水道の件は、〈1/4負担〉と決まり、岡田のおっちゃんは〈長期   分割払い〉の形になるらしい。

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