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 6-(5) 宴会となぞの歌

さわがしい笑い声で、マリ子は目をさました。いつのまにかおとうさんに もたれて、いねむりしていた。宴会はもう始まっていた。

おとうさんの前には、速くも赤い顔をした竹次さんが、徳利をつき出して いた。
「いやぁ、わしは不調法で・・」

おとうさんが湯飲みを伏せたまま、手をふっている。

「わしの酌が受けられん、言うんか!」
竹次おっちゃんがからんでいる。いけすかんやつ! マリ子はきゅうに頭がはっきりして、おとうさんの前にしゃしゃり出た。

「さっき言うたが。おとうさんはぜんぜん飲めんのじゃて。覚えとらんの?」
「覚えとらぁで。じゃがのう、あげにりっぱに議長しよって、そげにりっぱな体しとって、飲めんちゅうことがあるか! 男じゃろうが」

おっちゃんはますますからむ。こんなふうに、おとうさんは酒の席で押し つけられるのか、とマリ子は納得した。何を言っても、言葉を信じてもらえないのだ。飲める人はよっぱらってしまうと、別人みたいになるんだ。飲めない人の気持ちや苦しみなど、わからなくなるのだ。

マリ子はむかむかしたが、怒ってみても、今のおっちゃんに通じるはずは なかった。

「受けるだけなら、うちが受けたげる」

マリ子はお父さんの前の、ふせた湯飲み茶碗をひっくり返して、さし出した。ままごと遊びと同じだ、と思うことにする。

おっちゃんは喜んで、その湯飲みに酒をそそいだ。それはおとうさんの前に置いて、マリ子は手をのばした。これこそ、おままごとだ。

こんだこんどはおっちゃんの番じゃ。ついだげる」

マリ子はおっちゃんの手から、1升びんをもぎとって、かわりに新しい  湯飲みをもたせた。

トクトクトク、とそそがれた酒を、おっちゃんは実にうれしそうに飲み  ほした。
「うんめぇ、マリちゃんの酌はかくべつじゃ」

おっちゃんはますますとろんとした目で、また1升びんをだいて、となりの席の川上のおじさんの方へ移って行った。

マリ子はいそいで水をもらいに、おばさんたちの方へ走った。湯飲みに  2はい水をもらって、おとうさんの前に並べた。
「つめたいお酒は、水とおんなじ色じゃなぁ。おとうさん、まちがえんで こっちを飲んでな」

やがて、歌と手拍子が始まった。
マリ子もいっしょになって、手拍子を打った。おとなにまじっての、こんな席は初めてだった。楽しくって、はしゃいでしまう。聞いたことのある炭坑節はいっしょに歌った。聞いたこともない〈ヤサハーレノ チンダラ カニュシャマヨ・・〉という、呪文のようなはやし言葉は、何度もくり返されるうち、覚えてしまった。おもしろい言葉!

「先生の番じゃ。なんか歌うてくれにゃ」
小川のおじさんがおとうさんに顔を向けると、拍手がぱらぱらと起こった。おとうさんは弱り切っている。さっきの名議長がかたなしだ。

じつは、おとうさんはひどい音痴なのだ。それに歌を覚えるのが、大の苦手だった。ただ、〈うたい〉だけは少しできる。学校の宴会で何かやらされるために、家でも練習はしている。でも、こんな席には似合いそうもなかった。

「ほなら、マリちゃん、歌え。マリちゃんがええ」

竹次のおっちゃんが、でろんと体をゆらしながらほえた。拍手がマリ子に 向けられた。

「ええよ、〈お富さん〉なら歌えるけん」
マリ子はいせいよく立った。
「そげな歌を知っとんのか」
おとうさんがあきれたように、マリ子を見上げた。
「じょーしき、じゃが」

ラジオから聞こえるはやり歌は、すぐに覚えるのが、マリ子たち子どもの 特技なのだ。

「そうじゃて、じょーしきじゃ。せんせはひじょーしきじゃ」
竹次のおっちゃんは、ろれつのまわらぬ口で言い放って、寝そべって   しまった。

 いきなくろべい みこしのまつに、
 あだなすがたの あらいがみ
 しんだはずだよ おとみさん
 いきていたとは おしゃかさまでも
 しらぬほとけの おとみさん
 えっさおう げんやだな・・・

マリ子には、実はなぞだらけの歌詞だった。

〈くろべい〉って、犬の名前? 
〈みこし〉に〈松のもよう〉があるん?
〈死んだはず〉って、生きてたってことか?
〈あだな〉〈姿〉って? 
〈げんやだな〉って、なんだな?

お経みたいななぞの歌を、おじさんたちの手拍子に合わせて歌った。おだてられて、美空ひばりの歌も歌った。

「上手なんなぁ、マリちゃん」
しげるのおかあさんが、思いがけずひときわ高い拍手をくれた。

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