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5-(2) 君子と並んで
マリ子がバスに乗ると、あちこちから歓声が上がった。
「ひゃあ、かえらし。見直したが」
川上のおばさんの声が一番高かった。ほかのおばさんたちも、マリ子の服を口々にほめた。おくさん先生はぬい物上手で、ええなあ、とうなずき合っている。
「ほれごらん、よかったじゃろ?」
おかあさんが耳元でささやいた。自慢したいのは、おかあさんじゃないか。マリ子は簡単にはうなずかない。
でもたしかに、女の子たちは新しい服が目立つ。加奈子はオレンジ色のワンピース、静江はクリーム色と茶のチェック、川向こうの洋子は、白のちょうちんそでのブラウスに、空色のスカートといったぐあいだ。
「マリッペ、こっちじゃ、こっち」
しげるや俊雄が手をふっている。子どもたちは、前の方の席らしい。通路をさかいに男の子の席と、女の子の席にひとりでにわかれていた。
マリ子はいっしゅん、まよった。ふわっと広がるワンピースなど着ると、 半ズボンの時と勝手がちがった。
「弘は?」
正太が窓ぎわから、ふり向いてマリ子にきいた。
「るす番しとる」
正太はがっかりしたように、どんとすわり直した。弘のために隣の席をあけて、待っていたらしい。
良二がうしろからわめいた。
「ほんなら、マリッペが正太さんと並びゃあええが!」
「そうせぇ、マリッペ」
しげると俊雄も身を乗り出してきた。にやにやしてるのが気になるが、 マリ子は無視して、その席にすわろうとした。
すると、正太が低い声で止めた。
「マリッペは君子のとなりにすわっちゃれ。2年生はひとりじゃけん、ほれ見てみい」
見ると、女の子たちが2人ずつすわっている中に、君子だけひとりだった。正太はこども会の会長の目で、ちゃんと見ていた。
「わかった」
マリ子は小さくうなずいて、君子のそばにすわった。青白い顔をして、 しょんぼりしていた君子が、うれしそうな表情になった。
「よう広がるう」
君子は自分のひざにかかったマリ子のスカートに、手をふれた。
「じゃまくそうてかなわん」
マリ子はスカートをかきよせて、おしりの下にしいた。
「きれぇで、ええなあ」
君子はほそい声で、ため息をつくように言った。そういえば、君子だけは 新しい服ではなかった。母親と姉と兄が結核をわずらって、家庭療養して いた。地区の人たちは、竹やぶのわきの君子の家のそばを通る時は、息を 止めて走りぬけている。
マリ子もそうするように、しげるたちから教わっていたが、ぜんぜん気に していなかった。
マリ子の元気さがあれば、病気の方で逃げてくれる、とおかあさんにいつも言われていたせいもあった。お兄ちゃんもそうなってくれればいいのに、とおかあさんの言葉はつづくのだけど・・。
バスの中はもう一度、歓声と拍手でうずまることになった。ひのみやぐらのそばのおとらばあさんが、杖をついて乗りこんで来た時だ。
「けえが最後かもしれんけんのう」
おばあさんは大きな声で言った。
「それ、なんべん聞かせてもろうたかのう。来年もでえじょうぶ、また おんなじこと言うで、ばあちゃん」
地区長の川上のおじさんが言って、大笑いになった。
「96じゃて」
と、君子がマリ子に教えてくれた。瀬戸のマリ子のおばあさんより15も 年上なのに、声も動きもしっかりしている。
ひいまごの順一が得意そうに、ばあちゃんを呼んだ。それでおとらさんは、順一のとなりに座って、こどもたちの間におさまることになった。
2台のバスはやがて出発し、賑やかなさわぎを乗せて、瀬戸内海の佐見海岸へ向かった。