3-(7) ごほうび
夕方6時近く、まだ日は高かった。林さんの家の前の坂道を、田から食事に帰るリヤカーの一団が、つぎつぎに上がってきた。
マリ子はまあくんをおんぶして、あっこちゃんとカキの木の下まで出た。 そこへ、家主の川上さんちのリヤカーが、10数人の一団となって帰って きた。正太が一番うしろを、お兄さんたちと話ながらやってくる。
マリ子は急に逃げ出したくなった。良二があんなことを言うんだもの。 ああ、いやらし。マリ子は負けまいと、そっと頭をもちあげて、まっすぐ 一団を見た。
すれちがう時、日傭さんのひとりが、マリ子に笑いかけた。
「かえらしなあ。ちいせぇ母ちゃんじゃが」
みんなどっと笑って、マリ子を見た。正太も笑っていた。マリ子は思わず つっかかってしまった。
「笑わんでもええが、正太さんまでぇ」
マリ子はにらんでやった。正太はますます笑った。半ズボンはいて、まあ くんを背負ったかっこうが、そんなにおかしい? マリ子は自分の姿を見返しても、わからなくてくやしい。それで、質問してやることにした。
「イグサはなんで染めるん?」
「アカシじゃ」
正太はすぐに答えた。
「アカシて?」
マリ子には初めてきく言葉だった。正太のお兄さんが答えてくれた。
「兵庫県の明石の山の土のことじゃ。乾かして粉にしたやつを、袋につめて、六間川まで売りにくるんじゃ」
「へでも、なんで染めるん? 緑のままの方が、きれぇじゃが」
マリ子は、濃い緑のイグサが、田んぼ一面に、波のようにうねって広がっているのを見るのが大好きだった。こんどは正太が答えた。
「ああ、そげんことか。染めたらイグサは枯れにくうなるし、丈夫になって長持ちするんじゃ」
正太はそう言うと、兄たちの後を追って帰って行った。
(正太さんは何でも知ってるんだ・・)
マリ子は感心して、むくれていたのを忘れてしまった。ただ、胸のくすぐったいような感じは、しばらく残っていた。
林のおじさんたちが戻ると、夕食が始まった。まあくんをおばさんにあずけて、マリ子はおばあさんの手伝いにまわった。野菜のてんぷら、酢の物、煮物、煮魚、とうふなどをつぎつぎに運んだ。
「もうひと働きしてもらわにゃならんけん」
おばあさんはそう言いながら、手早く盛り付けていた。仕事はまだこれから夜の9時ころまで続けられるのだ。そしてそれから、最後の夜食をとって、ビールなど飲んで、やっと1日が終るのだそうだ。
開けっぱなしの窓から、夕立のあとの涼しい風が入ってくる。それといっしょに、明かりをめがけて虫たちが、舞いこんできた。緑色のツマグロ横バエが、電球のまわりを無数に飛びかっている。蚊取り線香を燃やしているのだが、とても間に合わない数だった。
マリ子があっこちゃんと夕食を終えると、台所からおばあさんがマリ子を 手招きした。
「これはトウモロコシとたきこみごはんじゃ。こっちは今日のお駄賃じゃ。助かったよ。ありがとなあ」
おばあさんは紙包みを2つと、マリ子の手のひらに10円玉を3つのせて くれた。
マリ子はうれしくて何も言えず、ぺこりと頭を下げた。それからやっと言った。
「・・またあした来ます」
もらったものを手にして外に出ると、まだうす明るかった。星がちらほら 出始めていた。
マリ子は今日、まあくんの子守として、おむつを4回かえ、10枚洗濯し、田に2回お茶と3時を運び、ニワトリのえさをやり、卵を5つ集め、台所で火燃しをし、給仕をし、掃除の手伝いなどなどをした。
少し疲れたけど、楽しかった。手の中の30円が重かった。これはわたしの! 自分でかせいだんだ。マリ子は満足の吐息をついた。
大泣きしたことなんか、どっくの昔に忘れきっていた。
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