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4章-(6) 両思い
香織が失神からよみがえったとき、結城君は安堵した余り、泣きそうになってた。亡くなった妹の時の不安がくりかえされたのかも。あの後、背負ってくれたのも、こうして香織の貧血の手当てに、母と息子の2人で心を配ってくれるのも、香織が亡くなった妹のように思えるからじゃないかしら。
「心臓が悪かったって。きっとやせて小さかったと思うな」
「ふうん、オリって意外と空想家なんだ。妹としてか。そう、そうかもね。わかる、それだ、たぶん」
直子がほっとした気配で、語調をつよめた。
テスト2日目の朝、香織は洗面所で中山さんと出会った。
「フアアア、眠いよう。連日3時4時だもんね。この間千奈につきあった時からずっと、超寝不足つづきだわ。廊下のそうじなんて、してもしなくても同じなのにね」
中山さんはぼやいて、ぷるんと水で顔をひとなでした。洗顔はそれでおしまい。ほとんどしゃれっ気のない人だ。寮内ではグリーンのジャージーの上下オンリーで、パジャマと部屋着兼用らしい。
中山さんの話は突然変わった。
「昨日、あたしたちがテストで苦しんでるっていうのに、暇な先生たちは、何人か高尾山へ遊びに行ったの知ってる? 下見とか言ってたけど、若さまや音楽の日野先生や、若い先生たちがさ。若さまは千奈が編んでやった、真っ赤な毛糸の靴下をはいてったんだって。千奈がひと晩で4時までかけて編んだやつだから、千奈ったら喜んじゃって、徹夜したまんま、校門まで見送りに行ったんだって」
ドクンと心臓が鳴った。香織の他にも手編みの靴下を上げた人がいたんだ。千奈はひと晩で編めるほど、手先も素速いのだ。香織のように3週間もかけたなんて・・。これまでずいぶん編み物はしてきたのに、若さま先生に特別良いものを差し上げたくて、勉強はかなり減らして、取り組んだのだ。
先生は香織の地味な靴下なんか受け取る必要はなかった。香織の思いも努力もまぼろし、ムダなことに時間ばかりついやしていたのだ。
「千奈は得意の景色の写真集もプレゼントして、お返しにハンカチをもらったんだって。いいよねえ、両思いだよ、あれは・・」
中山さんは言うだけ言うと、廊下へ出て行った。
そうだったのか。先生と宮城千奈さんは両思いだったのか。それで、いつか地下室でひどいことを言われたのだ。なんと言われたかは、もう忘れかけてるけど・・。
先生を好きとか取られたとか、そんなのとはちがうのだけど、あの靴下が よけいな品だったかと思うと、力が抜ける感じだった。
「オリ、朝食抜いちゃダメだよ、ほら、食堂へ行こう」
直子が、2段ベッドの上に寝そべってしまった香織を、ひっぱり起こして くれた。直子がいなかったら、あと2日のテストを切り抜けられなかった だろう。
テストが終った翌朝の食堂は、誰もが解放された笑顔だった。
食事の跡、委員からさまざまな連絡事項があった。最後に庶務の宮城千奈が立ち上がって、星城バレー部の映画会のお知らせを伝えた。
「タイトルは『危険な恋人たち』です。切符は1枚500円で、20枚あります。見たい方は、私のさくら班3号室まで、お金をご持参下さい」
歓声が上がった。
あれ、見たかったんだ。
いっしょに行こうね。
星城の中へ入ってみたーい。
20枚の券では、不足しそうな人気だった。
結城君は結局、香織に逃げられて、週番を通して千奈に券を届けることになったのだ。
「オリ、行こうよ。テストはすんだし、6月2週目なら、期末考査は遠いしさ、息抜きしよう」
直子は勢いづいて、香織を誘った。香織はまだ気持ちが沈んでいて、誘いに乗る気になれないのだった。
「私、やっぱりやめとく。若さま先生にひどいこと言われたんだもの。期末で結果出さなかったら、私の靴下は受け取らない、って、はっきり言われたの。私もたるみすぎてたのよ。今度こそ、ちゃんと丸を続けるように、がんばる」
「わかった。やっぱり先生はオリのやる気を引き出すの、うまいねえ。映画の方は、あたしが見てきて、話してあげるね」
香織は自分で新しいカレンダーを作った。日にちの下の空欄には、その日やる予定の科目を書き入れる。復習と予習と2科目やれたらいいけど・・。 4時間はやろう。5時間できたら2重丸にしよう。もっとできたら、花丸にするわ、小学生みたいに、フフフ。
実際に、その夜から香織は取り組み始めた。若さま先生の怒りと戸惑いを思い出すと、応えなくては、と思う。そして、結城君のが・ん・ば・れ!も背中を押してくれていた。