3-(6) お茶ず
「まあまあ、中へ入ってお茶なとあがんせぇ。気を静めてなぁ」
川上のおばさんはマリ子の肩を押し、台所へ連れて行った。おかあさんが マリ子にささやいた。
「やっぱり子守はむりみてぇななぁ。この子はうちが林さんにお返しする けん、あんたはうちへ帰りんさい。お兄ちゃんに子守を変わってもらいん さい」
マリ子はびっくりして泣き止んだ。
「いやじゃ。うちに命令せんで! うちは子守を続けるもん」
まあくんはかわいいんだ。おむつがえはたいへんだし、おんぶするのは重いけど、すっごくかわいいもの。よく笑って、いい匂いがして、あたしにくっついてくるもの。
「なんでマリ子が大泣きするの。赤んぼ泣かせて、どうしてええかわからんかったんでしょう」
「まあまあ、いろいろあるけん、泣きもするわなぁ。マリちゃん。これでもあがんせぇ」
おばさんがオレンジジュースをくれた。くうっと飲み干すと、冷たくておいしい。マリ子はすっかり落ち着いた。
ぐっすり眠りこんだまあくんを、おかあさんが抱いて、乳母車に乗せるまでマリ子についてきた。心配でマリ子の手にわたせないのだ。
良二たちは門の外からのぞいていたが、ぱっと逃げ出した。乳母車は畑から道の上へ引き上げられ、荒らされたイグサも、なんとか並べ直してあった。
「お茶ずの用意でいそがしいけんね、だいじょうぶなん、マリ子?」
と、おかあさんはまだ気がかりそうに、念を押した。
「だいじょうぶじゃって。もうおかあさんとこに、行ったりせんけん」
言ってから、マリ子は朝、おなじことを宣言したみたい、と思い出した。 それなのに、大泣きして押しかけたのだ!
林のおばあさんは、外でのさわぎに気づかなかったらしい。眠りこんだ まあくんを、ざしきに寝させるよう、マリ子に教えてくれただけだった。
お茶ずは、あっこちゃんといっしょにマリ子が田んぼに運ぶことになった。ぼたもちの入った重箱3つと、つけ物入りのどんぶり鉢を乳母車に乗せた。
おばあさんは、ポケットからがま口を、出したり引っ込めたり、迷った あげく、思い切ったように出して言った。
「あんなぁ、キャンデー屋が来るかもしれん。日傭さんら、楽しみにしとるけんな、買わんとすまんじゃろ。このお金をおかあちゃんに渡して、買うてもらいねぇ」
あっこちゃんがとび上がって喜んだ。おばあさんは10円札を5枚、マリ子の半ズボンのポケットに押しこんだ。
お茶ずは大好評だった。3つの重箱とつけもの鉢は、たちまち空になった。そして、仕上げは岡田のおっちゃんのアイスキャンデーだった。
マリ子たちが田のあぜにいる間に、村道をチリンチリンと鈴を鳴らして、 おっちゃんがやってきた。他の地区をまわって来たのだ。荷台の箱に 〈アイスキャンデー〉という青いのぼりをはためかせている。
どの田からも、若い者が買いに走った。
林家からはマリ子が走った。アッコちゃんも喜んで、ついて走った。 それで、おっちゃんの自転車についた時には、一番最後になっていた。
「9本くだせぇ」とマリ子が言うと、おっちゃんは箱の底をさぐるようにした。もうおしまいに近いのだ。
「なんでもええなら、1本おまけしちゃる」
「そんなら、8本でええわ」
めったに笑わないおっちゃんが、口だけゆるめた。
「買物がうめぇのう」
マリ子は鼻をつんとそらしてやった。9人のところへ、10本もらったら、 分け方に困ると思っただけだ。それに、おばあさんはお金を出ししぶって いたもの。そのくらい分る。
その日の昼過ぎ、魚屋が自転車に箱をのせてまわってきた。それから、 とうふ屋も売りにきた。おばあさんは買うには買ったが、さいふの中身を さぐったり、考えたり、何度もしていたのだ、それはマリ子が残りのお金を気にしながら、お小遣いからお金を取り出すときと同じだった。大人だって同じなんだ。
夕立さわぎになったのは、おばあさんが夕食のしたくに追われているころ
だった。まだ日は高いのに、風が吹き、雲が広がった。
どの田からも、みんな大急ぎで駆け戻って来た。道ばたのイグサも庭のも、バサバサとかき寄せられ、大ざっぱに束にされて、納屋に運びこまれた。 その手早いこと、みるみる村中の庭や道路から、イグサが消えた。
マリ子は洗濯物を取り入れ、座敷の中でたたみながら、見ていた。
雨が降り出した。大つぶの雨だ。でも、日傭さんのひとりが言った。
「すぐあがるで。雲がよう動きょうる」
「ほんなら、ちょっとの休けいじゃ」
とだれかが受けると、皆が笑った。林のおじさんは苦笑いしながら、たばこ盆を皆にまわした。おばさんは目をさましたまあくんに、夕方のおっぱいをあげている。
予想通りになった。30分もすると雨は止んで、また皆は田に戻って行った。庭土も地面もぬれてしまったので、半がわきの〈だき〉とよばれる イグサは、明日干されることになった。