9-(6) ばち当たり
正太はみんなにもう一度念を押した。
「ええか、このことはぜったいに秘密ぞ。ばれたら西浦の恥じゃけん、 ええなっ。今日はマリッペは弘じゃ。ええかっ!」
「おおっ!」
全員がこぶしをつき上げて誓った。
「秘密を破ったもんは、神さんのばちが当たるんじゃ」
良二がわかったようなことを言って、みんなを笑わせた。実は、慣例破りを すれば、ばちが当たると言われていたのだ。
「ほんまに神さんのばちが当たるか、当たらんか、かけせんか?」
こっそり俊雄のそでをひっぱっているのは、しげるだ。
正太はマリ子が面をかぶり直すのをたしかめてから、皆に言った。
「ほんなら、そろそろ行くか」
「しょんべん、しょんべん、まだしとらん。待っとってくれぇ」
良二がすみの方へかけて行くのへ、3、4人が追った。
正太がマリ子に小声で言った。
「マリッペ、おっと、弘! おめえも寺ですませてけぇ」
マリ子はうなずいて、本堂の東の裏手へ向かった。参拝者用の外便所が そこにあった。
近道のあぜ道をぬけ、お宮の下の竹林をすぎると、出店のざわめきが聞こえてきた。たいこの音も大きく聞こえる。マリ子の胸も負けないほど高鳴っていた。
「う、イカのにおい!」
「たこやきも」
マリ子はアイスクリームの青いのぼりにひきつけられた。冷たいのをかじりつきたい!
「腹へったあ」
良二や俊雄がかけ出そうとするのを、正太が止めた。
「お参りがすんだら、なに食うてもええぞ」
「うん、早う行こう」
一団はマリ子を真ん中にして、お宮の階段を上った。マリ子は鬼面の目の穴から、チロチロとあたりを見た。そこらじゅう鬼だらけだ。大きいの小さいの・・。それに中学生の中には、白い柔道着に黒いはかまをはき、高げたの思いきり高いのをはいて、のし歩いているのもいる。
マリ子の面の下の手ぬぐいが、じっとりと汗ばんでいた。
小さい子どもたちや女の子たちは、親のうでにしがみついていた。しがみ つきながら、こわごわと鬼の方をのぞき見ている。こわいくせに毎年、鬼のたまり場に来ずにはいられないのだ。
長い長い階段を上ると、お宮さんの境内に出た。ここも鬼たちの赤色でうずまっていた。
先導していた正太が、マリ子の背を押して前に出させた。マリ子はおさい せんをあげ、太いつなを揺すってシャラーンと鈴を鳴らしてから、手を合わせた。口元がひとりでにゆるんでくる。
ほらね、お兄ちゃん、わたし、やったよ!
神さま、お兄ちゃんを元気にしてください。そして、お兄ちゃんに知られ ないようにお守りください。
みんなも神妙に手を合わせた。良二は階段の途中からたびはだしになって、こんぼうは脇にはさみ、両手に高げたをはめたまま、カチカチと拝んだ。
階段を下りる方が、マリ子には気疲れした。仲間たちのように、面を頭に 持ち上げて、足元を確かめるわけにはいかない。足さぐりで見えないまま、 ゆっくり下りるしかない。
「なあんもばちは当たらんのう」
しげるががっかりという声で言った。
「あほ、わからんでぇ、まだまだ」
正太はそう言って、とびはねて下りる良二にげんこつをくれた。
「あほ、よその鬼にぶつかってみい。かんかを起こす気か」
と言われても、良二が静まったのは、ほんのいっしゅんだった。
すぐ目の下に、ずらりと屋台の店が見えてくると、良二はわあと叫んで かけ下りて行った。俊雄が続いた。
マリ子も青いのぼりに気を取られた。とたんに、すっと足が空をふんで、大地がゆらいだ。ズズズズ、ガガーン!
乱れた足音がとんできた。
「マリッペ。でぇじょうぶか!」
正太が叫んだ。弘であることも吹きとんだらしい。マリ子はやっと体を起こして、すわりこんだ。ふくらはぎをこすったらしく、ヒリヒリする。耳に ガーンというひびきがまだ残っていた。