左右対称の後遺症
毎年、わが家での〈サンショウの実〉収穫会の日は、皆忙しくサンショウの木に群がり、実を集めているのに、私は一度も加わったことがない。台所で少しランチ用の気配りくらいはするが、パソコンに向かっていたりする。
姪の友だちなどから見れば、一家の主婦が加わらないとは、奇妙に見える だろうなと察しながら、今年もやっぱりその形になりそうだ。姪にも私から説明したことはないが、十代の頃の強烈な体験の後遺症をいまだに引きずっているためだ。
簡単に言えば、サンショウの実の強い香りが苦手、というのも1つの理由だが、もっと深い原因は、左右対称に葉が生えている〈サンショウの葉の形が怖い〉のだ。これは、年月を経ても消えることがなく、木の芽時に、ちらし寿司や酢味噌和えなどして、ちょっとサンショウの若芽を加えたい時、勇気をふりしぼって、少し大ぶりの金網ザルを持って、サンショウの葉の〈狩〉に庭に出る。2,3枚採った頃には、ゾクゾクッと鳥肌立ってきて、葉っぱをザルにぶちまける。ザルは大きいのでなくては、まき散らすことになってしまう。がんばって、なんとか10数枚ほど採れたら、大急ぎで台所に戻って、採れた、と吐息をつく。
こんなことになったのは、小5の頃、夏休み初めに、近所の農家の子守の 手伝いをしたある日、その家のおばあさんに頼まれ、おばあさんと枝豆の 実をもぎ取りをしたことがあった。しばらくして、なんだか背中を冷たい物が走る気がして、背中に手を回したら、鋭い痛みが親指を刺した。手を戻すと、親指から20数センチもある太ったムカデがぶら下がっていた!ギャっと叫んで、振り回して落したが、指の痛さと言ったら、頭に突きぬけるほどだった。
おばあさんは実に冷静に、ムカデを十能でやっつけ、その後、息子のタバコ盆から、1本タバコを抜き出すと、紙をむき、中身を手でよくもんで、私の親指全体に塗りつけ、包帯をしてくれた。痛みは長く残ったが、腫れ上がることもなく済んだのは、タバコのおかげだったのらしい。
その頃わが家の8人で住んでいたのが、小さなその村の公会堂の 3/4を占める部分だった。
裏に竹やぶがあり、夏にはへやの中にムカデが侵入することがよくあった。神経過敏の私は、見つけるたびに、机の上に飛び上がって震え、わめいた。その這う音に夜中でも必ず気づいて、飛び起きては父を起こし、退治して もらっていた。
高校生の頃の生物の教科書には、たくさんの動物、植物の写真や絵が載っていた。私はひと目見て、これは2度と見たくないと思った頁を、半分に折って目に入らないようにしたら、テキストの半分以上が折りたたまれてしまった。エビなど甲殻類、シダなどの木の葉類、気づけばどれも左右対称の絵柄だった。あの時のムカデを思い出してしまうのだ。
いつだったか、その話を夫にしたら「ミエコ殺すにゃ刃物はいらぬ。サン ショの葉っぱがあればいい」と、笑い話にされてしまった。
匂いや音、色、気温、寒暖に敏感すぎて困ることが多かったが、年と共に 少しは楽になっているのに、いまだにサンショウは苦手だ。と言いつつ、 うな重には粉ザンショウは欠かせないとは、勝手な話なのだけど・・。