12-(3) だしぬいちゃる!
竹次さんに帰れとくり返し言われも、立ちつくしたまま、だまってにらんでいる岡田のおっちゃんに、竹次さんは白い顔を赤くしてまた叫んだ。
「おめえがどうしても残る気なら、わしの方が引き上げたる。こんりん ざい、いっしょにやりとうはねぇわい」
「どけちの、いじわるの、どあほうじゃ! なんでいっしょにさせてあげんのん!」
マリ子は、じたばた脚をふみ鳴らしてさけんだ。正太がマリ子の腕をぎゅっと押さえて言った。
「竹次さんは頭に血がのぼっとる。ああなると聞きゃあせんで」
岡田のおっちゃんは、口をきゅっと結んだまま、くるっと背をむけて、 バケツを手に立ち去った。ひと言も口にしなかった。マリ子はまたじたばたしたくなった。
見送っていた正太が、お兄ちゃんの耳にささやいた。
「ええこと思いついたで」
「なに? なに? うちにも聞かせて」
正太がマリ子の耳にも聞かせてくれた。とたんにマリ子は顔をかがやかせた。
「わかった。おかあちゃんに言うてくる」
正太が、見つからんように静かにやれ、と低い声で言った。
餅つきの音がさかんに聞こえている間に、マリ子は足早に静かにかけまわっていた。
おかあさんからは、うちのざるかごを借り、それからうちへかけこんで、 2階で碁を打っているおとうさんに、ないしょ話を伝えて、今すぐ餅つきの場に行って、と約束させた。
「ぜったい、行ってよ、今すぐじゃけんね」
それから最後に、マリ子はドキドキしながら、岡田のおっちゃんの土間に
入って行った。
もち米の入ったバケツは、そのまま土間に置いてあった。おっちゃんの姿は見えず、おばちゃんが半天のつくろいものをしていた。
「おっちゃんは?」
「コロの相手しとる。何かあったんな・・」
おばちゃんは、何もかもわかっているような、あきらめたような表情を 浮かべていた。
「やっぱり、つかしてもらえんのじゃな・・」
おばちゃんが小さくつぶやいた。マリ子は首に力を入れて、うなずくのを あやうく止めた。
おっちゃんは家の北側の犬小屋のところで、コロの茶色のふさふさした毛をとかしてやっていた。しきりに何かつぶやいている。
「くそったれが・・。・・の穴のちいせぇやっちゃ」
マリ子はそっと近づいた。
「おっちゃん、もちつきのことじゃけど・・」
おっちゃんはふりむきもせず、言った。
「そんことなら、もうええわい。米はうちでふかして、ばあさんと、なんとかするけん」
「ええ方法があるんじゃ。うちのは最後じゃけん、おっちゃんの米をうちのに足して、うちのをひとうす増やすことにすりゃええが」
それが正太の入れ知恵だとまでは言わなかった。でも、ぜったいの名案の はずだ。
おっちゃんはちょっとの間考えこんでいた。それから、うなるように言った。
「わしゃ、もちつきはもうでけんし、ばあさんも手返しはできん。人頼み して、ええ気なもんじゃ、と言われても、言い返せんわい。ふん、頼みに 行くやこ、あほなまねして、ふうのわりい(恥ずかしい)」
「ええて、ええて。うちのおとうさんがおっちゃんの代わりにつくけん。 気にせんでもええ。ひとうすだけじゃもん。竹次おっちゃんには、ぜったいないしょでな」
それをきくと、おっちゃんの目が光った。
「あいつをだしぬいちゃるんか」
「だしぬく、って?」
「あいつに気づかれんように、うめえぐえぇにやるっちゅうこっちゃ」
「その通りじゃが。おっちゃん、だしぬくんじゃ、やろう!」
「そんなら・・やっちゃるか」
おっちゃんは少し元気づいて、立ち上がると、土間に急いだ。そしてもち米の入ったバケツを、マリ子に渡した。
「おもちができたら、夕方にうちが持ってくるけん。おっちゃんは家に おればええけんな」
「わかった。けえから紙芝居は、ただで見せちゃるけん」
「そげなこと、ええて、ええて・・」
マリ子はバケツからざるに移した米を抱えて、急いでもちつき場へ走った。岡田のおっちゃんのしょげてた顔に、いつもの目の光がよみがえったようで、マリ子はかけ回って準備の手伝いしてよかった、とワクワクしていた。
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