2-(3) 期待されて
「あっ、マリッペ、そこで何しとんじゃ」
とつぜん、お兄ちゃんの声がした。町から坂を上って帰ってくるところだった。
「ありゃ、マリッペがころんだんか」
正太が自転車を道ばたに止めて、寄ってきた。2台とも荷台に、町で買ってきた雑誌のふくろがゆわえてあった。
「なんじゃ、スカートが食いこんどるが。見せてみい」
正太が片ひざをついて、スプリングをのぞきこんだ。マリ子は安心した せいか、べそをかきそうになった。そのとき、お兄ちゃんがどなった。
「またはちまんして、おかしな乗り方したんじゃろが。おとうさんの自転車はひっくり返すし、おかあさんが毎晩ぬうとった新しいスカートを、もう わやくちゃにして」
マリ子の涙がひっこんでしまった。言われなくたって、自分でもう後悔してるよ。わかってることを大声で言わないでよ、と口だけとがらせた。
正太がしんぼう強く、スカートを少しずつ引き出してくれたおかげで、 やっとマリ子は自由になった。
「ありがとう、あーあ」と、マリ子は立ち上がった。
「あーあ、見てみい、スカートが油で黒うなっとる。あっ、そこんとこ、 破れとるが」
うるさいな、わかってるったら。マリ子はぽんぽんとスカートをはたいた。でも、しわと汚れは少しも取れなかった。
「マリッペ、足に血が出とるで。帰って赤チンぬっとけ」
正太はそう言って、自分の自転車にまたがった。マリ子はうなずいた。また泣きそうになったけど、お兄ちゃんがじゃまをした。
「マリッペはわしの自転車に乗れ。わしがおとうさんの自転車に乗るわ」
「いやじゃ、うちが乗って帰って、おとうさんにあやまるもん」
「そんならそれでええから、おかしな乗り方すんな」
「わかった。こんどはズボンで乗る」
マリ子は正太の後から、3角乗りで家に向かった。
「おーい、マリッペ、こっちこっち。おっちゃんの紙芝居がくるぞー」
自転車を家への坂道を押して上がろうとしたら、俊雄やしげるたちが寺の サクラの土手下から、手をふって呼んでいる。マリ子は手を上げて答えて、 さっさと自転車の向きを変えた。
「こら、マリッペ! 自転車は置いて行け。着替えもせにゃ」
お兄ちゃんがうしろから叫んだ。
「ええから、ええから、紙芝居に遅れるもん」
マリ子が俊雄たちに荷台を押されながら、寺の階段の下につくと、西浦の ほとんどのこどもたちが集まっていた。マリ子を見ると、さわぎになった。
「マリッペ、両手ばなし、やってみれ」
自転車がなくて乗れない良二が、言い出しっぺだった。
「なんで知っとるん?」と、マリ子。
誰にも見られてないはずなのに。
「俊雄の家の納屋の二階で、みんなでパッチン(めんこ)やってたんじゃ。あそこの窓から、マリ子の両手ばなしも、荷台に乗っとったのも、よう見えたで」
と、しげるがパッチンで、ふくらんだズボンのポケットをなでながら、そう言った。かけごとが大好きで、巻きあげるのがうまいしげるの戦利品らい。男の子はみんな、目配せし合って、にやにやしている。
女の子たちもマリ子に注目していた。
「ほんまにできるん? 見せてくれにゃ、信用できん」と加奈子が言えば、静江の方は、できるに決まっとるが、という表情をしている。
「やって、やって、やって・・」
みんなが手拍子で、さいそくした。
マリ子は笑って受けた。せっかくやれたのだもの、見てもらわなくちゃ。
階段の3段目に足をかけて、マリ子はぐいとこぎ出した。車体が安定すると、両手を広げ、チョウチョのように、ひらひらと手で舞って見せた。
「ほーい、うめえぞう」
「どはちまーん、もっとやれぇ」
マリ子はニコニコしてしまう。おかあさんに言わせれば、〈はちまん〉は 恥ずかしいことらしいのに、マリ子はうれしくなって、笑いたくなるのだ。さっきのように、ぐるりと西浦を一巡して寺の階段に戻ってみると、正太がひとり階段の手前に立って、こちらを見ていた。
その姿を見たとたん、マリ子はもっとすごいことをやってみたくなった。 両手ばなしのまま、柿の木の下の曲がり角を曲がってみせよう!
思った時には、もう始めていた。
からだを木の方へ少したおして、ぐうと足を絞って左へ、曲がった曲がった!