(111) 視界
玄関のドアを開けると、見慣れないハイヒールが目にとみこんできました。敬子さんだ!
朝子は茶の間に駆けこみました。やっぱりです。いとこで大学生の敬子さんが、ママの縫ったドレスを着て、鏡の中に見入っていました。
敬子さんはサーモンピンクのこのワンピースで、今夜演奏会に出演するのです。
「あのハイヒールで舞台に出るの?」
朝子は玄関へ目を走らせました。
「そう。私チビだから、連弾の人と背がちがいすぎて、ちょっと高いのを選んでみたの」
ふうん、敬子さんがチビなら、私もチビってことだ。朝子は敬子さんと同じ、153センチでした。でも、私はまだ伸びるはずだけど・・。
「真珠がいいかしら。バラのブーケにする?」
ママが、アクセサリーをありったけ、持ち出してきました。二人は頭を寄せ合って、選んでいます。
その間に、朝子はこっそり玄関へ出ました。
ハイヒールって、どんな感じ? ママはこんな高いのははきません。かかとが10センチくらいありそうです。
おっかなびっくり足を入れて、背筋を伸ばすと、おどろくほどの高さです。下駄箱の上の棚に、探していた折りたたみの傘が見えます。
ドアをそっと開けて、表へ出て見ました。何もかもが、違って見えます。自分がぐんと大きくなって、堂々とした感じです。背の高い友人たちの顔が浮かんできました。
そうなんだ!あの人たちは、いつも私とは違う物を見てるんだ。とすると、弟の健は、私の見てる物もまだよく見えていない、ってことなのね。
もう少し背が伸びたら、私も少しは自信が持てるのかな・・。
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