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3章-(3) ペア登山
直子はときおり目を走らせて、結城君をふりむくが、彼の方は窓の外を見つめたまま、ふりむきもしない。
バスは山間の1本道を奥へ奥へと進んだ。車は少ない。集落のあるあたりに、赤いツツジや、白いスモモの花が群れ咲き、一面の檜の森の濃い緑の中に、鮮やかな彩りを添えている。
〈御前山登山口入り口〉で、一行はバスを降りた。
星城の先生のひとりが、片方のポケットから、紙切れを取り出して、振り
ながら、全員によびかけた。
「みんな集まれ! これから約4時間の予定で、頂上を目指すが、途中、 見晴台のところで、20分の休憩を入れる。いや、ちょっとまてよ、そうだな、30分休憩にしておこう。脚がおそい者は、辿り着くのも遅くなって、休憩ができないからな。コースは簡単だが、どんな山も甘く見るものでは ない。怪我や事故のないよう、そして全員頂上でゲームができるよう、心して登ってほしい。
ところで、私が星城ワンゲル部顧問の須山と言います。こちらが山崎先生と大木先生・・」
須山先生は、清和の方の若杉、坂田、日野先生たち3人も紹介した。 それから、例の紙切れを皆に見せながら、声を高めた。
「バスの中で、我ながらいいことを思いついて、こういう物を作ってみた。男子と女子とそれぞれ、この紙切れを1枚ずつ引いてほしい。両校の生徒数が同じなので、同じ番号を引いた者同士、ペアで登山したらどうだろう?」
うおーっ。わあーっ。どちらの側からも歓声が上がった。
「スーチン、話せる!」
「イキなはからい!」
「やったぜ!」
「かっこいい!」
「すてき!」
香織の腕をぎゅっとつかんだのは、直子だった。騒ぎの中で、誰より興奮 している。
「コイン様、お願い、結城君とペアにして。それがダメなら、ポールと!」
「皆、静かに! ペアと言っても、今日のペアは、単に浮かれたお遊びの ためではない。人数確認とか、皆のペースに遅れて、道に迷いそうになった時とか、擦り傷を負った時とか、互いに助け合うためだ」
「先生の手間がはぶけるってわけ!」
ぬっと大きな結城君の茶化す声が、はっきり聞こえた。どっと笑い声が起こる。須山先生は負けていない。
「そういうわけだ! 元気のいいヤツから、足の弱いヤツまで一斉登山だからな。それに新入会員の素人もいるしね。ペア同士で、カバーし合ってくれ」
「わかったよ!」
「早くやってくれ!」
須山先生はポケットのもう片方から、同じ短冊形の紙を取りだし、若杉先生に渡した。
両校の生徒たちの手が、折りたたんだ紙切れを次々に、受け取った。 香織は若さまの手の中から、1枚拾い上げた。開くと、15の文字が見えた。なんとビリだ! またしてもびり! 心臓ぐさり! 顔を伏せたくなる。
須山先生が1番から読み上げ、それぞれリュックを背に、ペアを組んで出発して行った。先頭には、山崎先生が重い登山靴で、ゆっくりと歩いて行く。
ペアが決まるたび拍手と歓声がわいた。直子は5番だった。お相手は結城君でも、ポールでもない。島祐一君というがっちりした体格の、いかにも登山部という感じの人だ。
「お似合いだ!」
拍手といっしょに、結城君がつぶやいた。香織はすぐ近くにいたので、それが聞こえた。
ポールは9番、カメラを首から提げた宮城千奈とペアになって、一段と歓声がわいた。
ポールは赤くなって、千奈と握手を交わした。
先生たちが順に、散らばって列に加わって行き、隊列はどんどんつながっていった。
「運命、だね」と、結城君。
ええっ、結城君も15だったのだ。
「ポールに見習って」
言いながら、結城君が右手を出した。見上げると、キリリとした目が、 まっすぐに香織を見下ろしていた。こんなに間近にまともに見るのは、 初めてだった。日やけした浅黒い顔の左頬に、かすかなえくぼが浮かんで いる。香織が手を出すと、大きな熱い手の中に、すっぽり包まれてしまった。少しごわごわして、豆のような固いしこりもあった。
「ハハハ、キリンとシカのペアか」
最後尾を固めるつもりの若杉先生が、声を上げて笑った。
「先生、ひどい! そんなのひどすぎます! 私は先生とペアの方が いいです。お願いです、先生。この人、私とコンパスが違いすぎるもの。 結城 さん、お先にどうぞいらして・・」