(78) 数の哲学
また数え始めて! 編み針をせっせと動かしながら、原夫人は苦笑しました。辛いとき、苦しいとき、何かに耐えなくてはならないとき、いつの間にか、数を数える癖がついているのです。
寺の長い長い階段を上るとき、山の頂きまでなかなか辿り着けないとき、 胸の中でつぶやきが始まります。数は無限というけれど、その数をどこまでか辿っていくと、いつしか目標に達していたり、何かを乗り越えたりするのです。
50歳ともなれば、気持ちがかっと沸き立つときも、数を数えて感情をコントロールするすべも覚えました。たいていの事は、いくらも数えないうちにやり過ごせ、苦を楽に変えられるようにもなりました。
修行に似た編み物を続けてきたお蔭かもしれません。それにしても、今、手にしている極細編みのセーターは、最初から大変な忍耐が予想されました、薄いレースのような出来上がりを楽しみに、目数を計算してみると、およそ5万6千目を編まなければ、仕上がりません。
そんなある日、故郷にいる少し年下の友だちの、訃報が届いたのです。あまりにも突然で、呆然としてしまいました。 ふと頭に浮かんだのは、彼女にとっては、1万8千余目が、全生涯だったとは!1枚のセーターの3分の1にも満たない日々!その短さが、痛切に胸に響きます。
(わたし自身も、残る日は、数千日なのかもしれない!)
厳粛な寿命の数の有限性に、原夫人は改めてうろたえたのでした。