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4章-(3) 2人で留守番
「若いあんたたちに、とんだ修羅場を見せてしまったね」
あきおばさんが、照れくさそうに言った。ふきさんは立ち上がり、バッグ から取り出した、住所や病院先を記した紙を姉の前に置いた。
「明日の面会は10時からと、午後1時から2時間ずつになっております」
と言い置いて、花束はそのままにして姉に頭を下げ直すと、帰って行った。エイとみゆきにも深々とおじぎを残して・・。ふきさんの頬にも、涙の跡が幾筋も残っていた。
「エイちゃん、何がかっこいいものですか! どれだけ時間をかけたことか。憎しみや恨みはほんとに根深くて・・。よしのさんが、どれほど助けになってくれたか、有り難かったか! 無垢の信頼をくれて、喜びの見つけ方を 教えてくれたのよ」
あきおばさんは言葉を選ぶように、ゆっくりとそう言った。それから、調子を変えて、おどけるようにこうも言った。
「とんだ場面を見せてしまったついでに、明日、よしのさんの面倒をみて くれないかい? 私が出かけるはめになったからさ。お留守番だよ」
エイとみゆきは顔を見あわせて、うなずいた。
「あす学校は休みだし・・。あきおばさんにはいいこと教わった!」
エイは気持ちをこめてそう言った。
「あたしも、ものすごく恨んでる人がいるけど、憎むより許す方が気持ちがいいね。見てるだけでもそう思った」
その気持ちはみゆきも同じだと思った。明美が死ねばいい、あの一家が死んでしまえばいい、とまで呪ったこともあるけど、実際にそうなったら、自分の呪いのせいだ、と我が身を責めることになるに決まってる。後味の悪い思いが残るのも決まってる。かと言って、そう簡単にあっさり消せそうもないけど、あきおばさんみたいに、時間がかかるにしても、いつかそう思えるのかもしれない、とも思った。
なんと衝撃的なシーンだったことか! みゆきは、今夜は眠れそうもない。眠れたとしても、夢にまで見そうだと思った。
翌朝、あきさんは芥子色のスーツをきちんと着こなして、エイとみゆきに、よしのさんのお相手を頼んで出かけて行った。
みゆきのパパが、それを聞いてこう言った。
「留守番を頼まれるとは、みゆきはいつのまにか、ご近所付き合いができていたんだね。パパは嬉しいよ。いい友だちもできたみたいだし・・」
みゆきは自分が前ほど、その言葉に苛立っていないことに、自分でも驚いていた。エイの人付き合いのうまさや、率直さ、賢さに心打たれる思いを、 何度も感じたせいかも。たしかにいい友だちだ。みゆきの内心に踏みこまず、いつか話せるようになったら、と言ってくれたのも、有り難いし・・。
2人があきさんの家に入って行くと、よしのさんは縁側に座っていた。2人を見ると、顔中で笑顔になった。
「今日はいっしょに遊ぼうね。よろしくね」
と、エイが頭を下げながら、よしのさんの両手を取ってゆすった。みゆきも頭を下げて、よしのさんほどの笑顔にはなれないけれど、ほんのりほおを ゆるめた。
エイはテニスボールをポケットから取り出した。
「よしのおばあちゃん、いい、これを転がすからね、受け取ってね」
エイがよしのさんめがけて転がしても、よしのさんは笑っているだけで、 手は出さない。
「わたしが受けて見せるね」
みゆきは思わずそう言って、よしのさんのそばに座って、エイが転がす ボールを拾って見せた。そのボールをエイに転がして返すのも見せた。 それを3度やってみせると、よしのさんが手をたたいた。
「わかったのかも・・おばあちゃん、やってみて!」
みゆきが言いながら、よしのさんの背にそっと触れた。エイがボールを転がすと、よしのさんが両手を突き出して、なんとかボールをつかまえた。
「できた、できた、すごいよ、おばあちゃん!」
とエイとみゆきの2人で、声を上げてほめた。よしのさんは嬉しそうに、 ボールを抱きしめた。
しばらくそんなことをした後、いつもの「ごっこ遊び」も歌いながら、3度もやった。
あきさんに言われていたのは、よしのさんは午前中に少しと、午後にも眠るのだそうだ。10時半を過ぎた頃、おばあちゃんをお手洗いに連れて行き、その後、ベッドに入れてあげた。
エイとみゆきの2人になった時、エイが言った。
「あきおばさんが、勉さんのお詫びになんて言うのか知りたくて、いろいろ考えてしまって、夕べはよく眠れなかったわ」
みゆきも実は同じだった。明美が詫びるなどあり得ないことだけど、もし 詫びたとしたら、私はどうするだろう? 受け入れて、抱き合って許すだろうか。それとも、と妄想をあれこれ膨らませていたのだ。そんな場面など、あるはずもないのに・・。
エイがふいに話を変えて言った。
「打ち明けっこしない? さっきの友だちごっこみたいに。打ち明けごっこよ。わたしたち、言えないことを持ってるでしょ。口に出せば、気持ちが軽くなるかもしれないよ」