7章-(2)十字架のペンダント
ディナーパーテイは、誰もがおしゃれしていて、華やかだ。お客様はミス・ニコルと、国語の岡野先生だった。江元寮監先生の食前の祈りに始まって、いつもよりぐんと豪華な食事を楽しんだ。
偶然、隣り合わせのテーブルの端に、1学期に同じ班だった3年生の渡辺 恒美元寮長が、さくら班の1員として座っていて、香織に笑顔を見せたので、後でお願いがあります、と小声で伝えておいた、
「何の話?今聞いておきたいわ」と、渡辺さんがすぐに応じた。
仕方がない、香織は周囲を気にしながら、小声で用件を伝えた。
「3年生の人たちへの〈アジサイニット〉のことですけど、模様が5種類 あって、どの柄のが欲しいのか、お名前と柄の番号を知りたいのです。5枚を並べた写真に、番号をつけてあります。文化祭での注文分が、あと少しで終りそうなので、もしかして、冬休み中に始められるかも・・と思って」
「わかった。そのことならまかせて、今夜の内にも一覧表を作って、あなたのおへやに届けるわ。明日はもう大阪へ帰るんでしょ?」
「はい、午後には出るつもりです」
「ムリしないでね。あたし達の卒業式まででいいんだから・・」
香織は伝え終えて、ほっとしていた。渡辺さんならきちんとやってくれる はず、と信頼感があった。
ディナーの後の2年生たちの余興が面白かった。〈白浪五人男〉をもじって〈西寮5人女〉を、ひとりずつ見栄を切って、自慢してみせて、大いに笑わせてくれた。中山さんはお掃除当番が苦手で、よくズルをした話。宮城さんは写真で皆の変顔を見つけては撮っていて、嫌がられたけど、展覧会に出したいけどと迷う話、瀬川さんは入浴がいつも最終近くに入ってたら、地下室のシンおじさんが、もう終わりだと思って、電気を消しに来て、見られそうになった話などなど。
「1年生たちも何かやりなさいよ」と、渡辺元寮長が言い出した。
直子がすぐに立ち上がると、
「じゃ、皆で〈きよしこの夜〉の歌を、二部合唱しましょう。集まったり しないで、それぞれの席で立って歌いましょうよ」
「さんせい!」
と、香織の隣席の山口さんが大きな声で言って、すぐに1年生は、皆立ち 上がった。
直子の「せーの!」というかけ声で、皆歌い始め、見事に二部合唱が成り 立った。香織は志織姉とよく二部合唱をしていたので、アルトを歌った。
パーテイが終ると香織は時計を見て、あと5分で、結城君が玄関前に来る はずと、大急ぎで身支度にかかった。
寒さ対策が何より必要で、ビロードのスカートの下に、ウールのタイツを はいた。真珠縫い取りのセーターの上に、真冬用のロングコートを着て、 ウールの帽子をかぶり、ショールを持って、ニットのソックスをはいた。
「これから北極にでも行くの?」
と、アイが驚いて、珍しくも冗談を言った。
「ちょっとね、校内散歩のデートなの」
「まあまあ、では、行ってらっしゃい」
と、アイはあっさり言ってくれて、香織はほっとする。
香織は大急ぎで、冬用のブーツを持って、玄関へ向かった。
玄関を開けると、いた! 結城君もウールのコートを着て、香織を見ると、両腕を広げて笑った。
「8時45分までに戻って来ような」
「ありがと。キャロル・シンギングは全員参加だから、遅れたくないの」
「よし、行こう」
帽子の上からショールをかぶり、背中まで垂らしている香織を抱き寄せる。
「モコモコのくまさんみたいに、着こんでるね」
「外は寒いんだもの。でもね、歩いてると温かくなって脱ぎたくなるのよ」
「そりゃそうだ。どんどん歩こうぜ」
垣根の塀に沿った道が、夜目にも白く見える。所々に常夜灯が木々の合間を照らしている。見上げれば、晴れた夜空にチラチラと星も見えていた。
しばらく2人で黙って歩き続けた。 大きなケヤキの木の下まで来た時、結城君はふと立ち止まった。近くに見える常夜灯の光を頼りに、彼はポケットから小さな箱を取り出した。
「はい、初めてだけど、どうぞ!」
「わ、クリスマスプレゼントなの? ありがとう! お返しが何もないわ」
「いいよ。これはね、オレとおそろいの物だから・・」
「え? 何かしら?」
「開けてみていいよ」
香織が手袋をぬぐと、結城君が受け取って、代わりに箱を渡してくれた。
包みをほどき紙箱をあけてみると、紺色のビロードの箱があり、中に十字架のついた金ぐさりが入っていた。
香織は、はっと思い出した。彼が初めて寮の応接室に来て、その横柄な態度に、感じの悪い人と思いながら、シャツの首元に十字架のペンダントを下げてるのに気づいたことを。その時はキザな人と思ってしまったのに、その後少しずつ彼の人柄を知るうち、あれは彼の妹が亡くなる前に、必死に祈る 気持ちでつけ始めたのでは、と思ったことがあったのだ。
「オリのパパに、ぜったいによくなって欲しいから、祈りをこめて、2人でこれをつけていよう、って思ったんだ」
「ん、ありがと!」
香織は涙ぐみそうになった。そんなことまで考えてくれてたんだ。
「あのう、ちょっと、しゃがんでほしいの」
涙声で、思わず香織は言ってしまった。いつか言いたい、といつも心にあったから・・。
「こんな風にかい?」
結城君は枯れ草の地面に膝をついて、膝立ちをした。彼の顔が香織よりも 低くなった。
香織は小さくうなずくと、身をかがめて彼の唇にキスをした。彼の首を抱きしめた。
「ありがと、いつもいつもありがとう・・」
とつぶやいて、もう一度、キスをした。
彼の両腕が香織をぐいと抱き寄せた。2人はそうして抱きあったまま・・、しばらくして、彼が香織の耳元でささやいた。
「カオリのこと、好きとか愛してるとかっていうより、愛おしくて愛おしくてたまらないんだ。カオリの何もかもぜんぶが・・。ありがと、キスを」
遠く寮の方から、寮生たちが外へ出始める音が聞こえてきた。キャロリングが始まろうとしていた。