(50) 銭湯めぐり
風呂場の改修工事が手間どって、早苗は初めて小門町 (おかどちょう) の おふろ屋さんへ出かけました。
見よう見まねで、脱衣室のローカーに衣類を収めて、いざ浴場に入ろうと すると、声をかけられました。
「せっかくの髪がぬれちまうよ」
と、たっぷり太ったおばさんが、早苗に輪ゴムを差し出してくれました。 有難く頂いて、長いまっすぐな髪をまとめ上げました。おばさんはなじみ らしく、誰彼となく挨拶を交わしています。
体を洗って湯船に沈みにいくと、おばさんが手招きしました。
「この下から吹き出してる湯に当たるといいよ」
おばさんは問わず語りに身の上話を始めます。
近くの病院の食堂で、飯炊きを30年もやってると、腰痛、肩こり、関節痛に50肩と全部しょっちゃってね。温泉療法をやれる身分じゃなし、ええいとはりこんで、3年間1日も休まず銭湯通いさ。町じゅうの風呂めぐりしてたら、いつのまにか、痛いのが直ってた。若い人なら、ぜい肉がとれるよ。
「そりゃどうだか」
別のおばさんにさえぎられて、輪ゴムのおばさんは、太った体を揺すって 笑いました。早苗もつられて笑っていました。
またおいで。帰り際におばさんは、銭湯の主のように言いました。
夜風は冷たいのに、いつまでも快い温もりが消えませんでした。