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9-(1) 鬼面のゆうわく
東の一王子神社の方から、さそうような祭だいこの音が聞こえている。神社のまわりには、今頃は鬼たちと出店が、たくさん出ているはずだった。
マリ子はめずらしく迷って、へやの中をうろうろしていた。加奈子とつれ だって、神社の出店をたのしみに行くか、それとも・・。
マリ子の目は、お兄ちゃんの机の上の真っ赤な服のひとそろいに、いやでも引き寄せられてしまう。あーあ、だれが決めたんだろう。帯野村の鬼まつりの鬼は男にかぎる、なんて。
秋まつりは、毎年10月の第3土、日と決まっていた。その日は。村の ほとんどの男の子たちが、真っ赤な鬼にふんして村の道をねり歩く。 マリ子はそれがうらやましくてたまらない。
女の子たちは遠くから、はやすだけなのだ。
〈鬼よ、ぼろぼろ、買い手がねえ、
重箱あっても 飯(めし)がねえ、
ぼろぼろ、ぼろぼろ〉
とはやすと、怒った鬼たちが追いかけてくる。女の子はキャーキャーさわぎながら逃げる。時には鬼につかまって、こわくて泣いてしまうこともある。こわいくせに、はやしたり、近づいたりする。
マリ子は逃げ足は速いけれど、逃げるだけなんて、つまらない。一度でいいから、追いかける鬼になってみたかった。
男の子たちは、小さいうちは鬼面を買ってもらい、小学校高学年になると、先輩に教わって自分で面を作るようになる。いびつになったり、おかしな 表情になったり、色も形もひとつひとつちがった面ができる。
見物人たちはそれをようしゃなく批評して〈ぼろ〉つまり〈へたくそ〉と けなしたり、からかったりする。
弘お兄ちゃんは、となりの正太に教わって夏休みから作り始め、なんとか 茶色のお面を仕上げていた。
衣装の方は、お母さんに縫ってもらって、いつでも着られるように机の上にのせてあった。こんぼうと高下駄も、そろえてある。
ところが、お兄ちゃん自身は、運の悪いことに、お祭りの前夜の夕べ〈急性もうちょうえん〉になってしまった。今はおかあさんにつきそわれて、町の病院に入院していた。
家には2階に、碁を打っているおとうさんがいるだけだ。今こそ、マリ子には願っても無い絶交のチャンスだった。
ただ、女とばれた時どうなるのか、それを考えると、さすがのマリ子も 気おくれする。それに・・おかあさんの顔もちらついていた。
「頼むけん、これ以上はちまんとよばれるようなことは、せんでよう」
おかあさんは何度マリ子にそう言ったことか! お兄ちゃんと反対だったらよかったって。そんなこと言われたって、マリ子にはどうしようもない。 それはともかく、鬼をあきらめて、加奈子と神社に行くのも気がすすまな かった。
加奈子と仲のいいお寺の静江は、親戚の法事とかで、両親といっしょに出かけていた。いつもは〈のけ者〉になることの多いマリ子には、加奈子と遊ぶにはいいチャンスではあった。でも、なんだか自分からすり寄っていくようで、それも気乗りしない。
加奈子とはうまくいくときはいいが、対立することも多く、なかなかやっかいな関係だった。
あーあ、どうしよう!
マリ子はせっぱつまって、たびを投げた。表なら鬼、裏なら加奈子、だ!
さあ、どうなるか!
マリ子は白いたびをはき終えて、鏡の前に立った。胸がドキドキして、2階にいるおとうさんにまで聞こえてしまいそうだ。
鏡の中には、赤い上着とずぼん、こしまわりに〈こしぬの〉を巻き、首から〈のぼりふじ〉のもようのついた〈おふせぶくろ〉をかけた、鬼のマリ子が
いた。
とうとう着てしまった! 背丈はお兄ちゃんと同じだから、マリ子にぴったりしすぎるくらいだ。お面をかぶれば、顔はかくれて、だれにもマリ子とは、わからないはず。
でも、心臓は破裂しそうにドキドキだった。だってたぶん、この村では、マリ子が女で初めての鬼のはずだった。それもお兄ちゃんにはないしょで、お兄ちゃんが手作りした鬼面を無断で使い、鬼の衣装をそっくり横どりし、初おろしして、男の子ばかりの中へ出て行こうとしている。
(画像は 蘭紗理)