11-(2) お屋敷
帯田の地区へ近づくにつれ、田んぼの中に黒い板べいのお屋敷がいくつも 見えてきた。
「あそこじゃ」
妙子の指さす先を見て、マリ子は目を見張った。なんて大きい! 西浦で 一番大きい小川正太の家よりももっと広そうだ。
田んぼの中の島のように、裕子の家も黒い板べいにかこまれていた。どっしりとしたかわら屋根の母屋と、右手に納屋がふたつ、そのうしろに蔵が見える。木々が何本も板べいの上に枝を張りだしている。
門はふたつあって、屋根のある方の門をくぐると、マリ子は自転車をその内側に止めた。
玄関にむかう石だたみの左側には、松や梅の木など木々の間に石灯籠のある庭園があり、さざんかの花があざやかに咲いていた。玄関までの石畳の近くには色とりどりのキクなどの花壇がつづき、池もあって水の流れる音がしている。右の低い竹垣のむこうは、農作業用の庭らしく、開け放した屋根のない門に通じている。
「あ、マリちゃん、お鈴、妙ちゃん」
裕子が玄関から呼びたてた。あったかそうなエンジ色の襟のあるセーターに、長めのスカートをはいている。そのうしろから、着物を着て、もんぺをはいたおばあさんが、笑顔いっぱいで迎えてくれた。
「マリちゃんは初めてじゃな。ようおいでんさった。裕子のへやに用意したけん、あんたらだけで、楽しうやってぇよ」
3人は裕子のへやへと案内された。
「広うって、ええなあ」
マリ子は思わず口に出してしまった。
裕子のへやは裏庭に面した8畳で、廊下もある。窓から裏庭の木々やハギの花も見えた。マリ子は4畳半をお兄ちゃんと2人で使っているのだから、くらべものにならない広さだ。
かべぎわに天井まである本箱と、そのわきに勉強机とざぶとんがおいて ある。
「わ、ごちそう!」
マリ子はたちまち、そっちに目をうばわれた。裕子のへやの真ん中に、大きなテーブルがおいてあり、ごちそうが並んでいた。
大きな飯台にいっぱいのお赤飯、山盛りのおいなりさん、それに、焼き魚に、煮しめに卵焼き、酢の物、お肉とゴボウの煮物もある。
「おたんじょうび、おめでとう」
妹尾鈴江が包みをさしだして言うと、小川妙子とマリ子もまねをした。
「ありがとう。わっ、静ちゃん『ハイジ』の本、うれしい! 町で買うてきてくれたんね」
「うちのは、学校前のささき屋のじゃけん、めずらしのうて、こらえてん よう(ごめんよ)」
と、妙子は首をすくめながら、包みをわたした。
「ええんよ、ありがとう。消しゴムつきの鉛筆1ダースも? よかったあ」
マリ子は自分のを押しやった。
「これ、開けてみて」
何が入っているのか、マリ子自身が知りたかった。裕子が赤いつつみ紙を 開けると、中からふたつの大小の缶が出てきた。
「ああ、ドロップスとクッキーじゃが! ありがとう! めったに食べられんもん、ありがとう!」
裕子の喜びの声に、マリ子はほっとした。
その時、廊下のガラス戸が開いて、野良着姿のおじさんとおばさんが、にこにこ顔でおじぎをした。
「よう来てくれんさったな」
「お相手もできんで、こらえてんよ。明日は雨になるそうで、今日は休めんでな」
おばさんは申し訳なさそうに言った。
「ありゃ、裕子はええもん、ぎょうさんもろたのう。そりゃ、ドロップス じゃな。ひとつくだせぇ、お供します」
おじさんがおどけて、両手を重ねると、裕子はすぐに応じた。
「ひとつはどうなん、半分ならあげる!」
「ほほ、半分もくれるんか。おかあさんや、缶の半分もらえるんぞ、山分けしようで」
「なんね、おとうさんは。ひと粒の半分じゃ」
と、裕子は缶を抱きしめた。 「これはマリちゃんが、あたしにくれたんじゃから」
「ありゃ、裕子はそげな、どケチじゃったんか。お、その子がマリちゃん じゃな。元気そうで、可愛らしいなあ」と、おじさん。
おばさんが口をはさんだ。
「みんな、おなかがすいとってじゃろ。裕ちゃん、ぎょうさん食べさして あげてな。おとうさん、うちらも昼をはよ、すませましょ」