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2章-(2) 宿ホテルと歓迎会へ

ユトレヒト駅へ戻り、ナイメーヘン行き直通は1時間も待つので、アーネム経由で乗り継ぐことにした。1:05分に乗りこむと、向かいの席に10代の少女が、巨大な犬を足元に連れていた。盲導犬ではなく、普通の大型犬なのだが、こんな風に乗せてもいいのだ、と驚いた。

この犬が、夫の靴をふんふん嗅ぎ回るので、私たちは大笑いしてしまった。ついさっきの軽食屋の外で、夫が犬の糞を踏みつけてしまい、水場がどこにもないため、そのままになっていた。犬は仲間発見、と思ったのだ。少女もつられて笑っていたが、説明はしなかったので、何も知らないな、と余計におかしかった。                                                                                                 どの町でも、犬の糞を片付ける風習がないのか、糞をよく見かけた。

アーネムは正式には「アールンヘム」と文字通りに呼ぶらしく、常にそう  放送されていた。15分待って乗り換え、20分でいよいよ目指す「ナイ  メーヘン」に到着した。

ナイメーヘンは思いのほかに大きな町だった。古いりっぱな建物と、新しい家々とが並び立っていて、いかにもオランダらしい雰囲気がある。これほどの町がどうしてどのガイドブックにも載っていなかったのかと、ふしぎだ。

ナイメーヘン・カトリック大学側で用意してくれた「カタリーナ・ホテル」をやっと探し当ててみたら、実に小さな〈ペンション〉というべきものだった。2階の4号室。ちゃちな鍵をあけてみると新築したばかりらしく、壁紙ののりの臭いがこもっていて、私は早くも頭が痛くなってきた。
夫が「アムスのホテルより、今度のホテルの方が立派だと思うよ」と、前  もって言ってたばかりに、期待が大きすぎて、よけいがっくりした。アムスのは自費で、大学生協で予約してもらった立派なホテルだった。

8畳ほどのへやにベッドが2つ。ピンクの枕とベッドカバー。壁に全く同じコピー絵が2枚並べて飾ってある。大通りに面したへやなので、車とバイクの音がひっきりなし。クーラーはなく、へやの明かりは暗くて本は読めそうもない。最も困るのが、浴槽がなくシャワーしかないことだった。アムスの大きな浴槽付きのホテルは、豪華な部類だったのだ。

へやの暑さと臭いに我慢できなくて、夫が窓を開けようとしたら、窓全体がはずれて手前に倒れ込んできて「こわしちゃったよ」と夫があわてている。なんたるおんぼろホテル、と2人で毒づいて、私が階下へ駆け下り、食堂にいた男性に来てもらった。

「この窓、変です」と私が言うと、その人が笑い出した。窓ははずれたのではなく、上半分が前倒しに開く、最新式の窓だったのだ。普通に片開きに 大きくあけることもできる。
「なあんだ、ごめんなさい」と3人で大笑いになった。  

荷物を収めて、少し眠ろうとしたら、今回のカンファレンス主催者の夫人であるミセス・シコフが、ホテルまで夫を車で迎えに来てくれた。招待された数学者達約40名が、デッカスヴァルドの会場で、顔合わせの会があるのだとか。私のような妻達は、夕方5時半の特別バスで、その会場に乗せて行ってくれるとのこと。

宿は二手に分れていて、一方は私たちの泊った、駅に近い町中に、もう一方は少し離れた森の中にあって、その夜の歓迎パーテイ会場にもなっていた。

シコフ夫人は182cmもある大柄で、がっちりした、たくましい人だ。
私はひとりになってから、今夜のウエルカムパーテイと明日の用意をすませ、少し横になろうとしたが、車の音でとても寝られず、5時にはもう外に出てうろうろしていた。

バスが来ると、同じ宿に泊っていたらしい人たちが集まってきた。みな今回招かれた人たちだった。若いイスラム系の人、ポーランドから着いたばかりというアルバート、ユーゴースラビアの学者らしいドラゴーヴィッチ、オーストラリアのヴォロヴィッチ、スペインの夫妻など、自己紹介し合いながらバスで会場へ。

途中、花にあふれ、リスや野ウサギの駆ける姿がそこかしこに見える、森の中の宿が羨ましくてならなかった。

デッカスヴァルドは、ちょうど八王子にある〈大学セミナーハウス〉のようで、こちらではメデイカルセンターの宿になっているらしい。私たちも運がよければ、ここに泊まれたかもしれないのに、と思うと残念。

アウラという建物に入るともうパーテイは始まっていた。と言っても、雑然とテーブルと椅子があって、ビールとかジンとか飲み物を飲むだけ。夫は早くも顔を真っ赤にしている。アルコールは弱くてほとんど飲んだこともないのに、と心配になる。普段は何か食べながら、ほんの少し飲むくらいなのに何のつまみも出ていないのだから。

シコフ夫人は、小さな水玉模様の紺色の上下に白いシャツブラウスを着て、実に気さくで親しみやすく元気で、皆に気を配ってくれる。いつもは精神科の看護婦として働いているが、この1週間は休みを取ったので、思いきり エンジョイするのだと、私に話してくれて、大張り切りの様子だった。

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