4-(5) すれちがい
おかあさんは帰りつくと、お風呂の残り湯で汗を流した。それから、茶の間にすわったかと思うと、あの水着を取り出した。
マリ子は眠くなって、たたみの上にねころがっていた。おかあさんの迷ってるような声が聞こえてきた。
「あとはリボンをぬいつけるだけじゃけど、どうしてマリ子は気にいらんの?」
マリ子は返事ができなかった。目がとろとろしてぼんやりしていた。
「この水着は、マリ子のことをよう考えて、この形にしたんじゃけどな」
おかあさんはゆっくりと説明を始めた。
「この1年で、マリ子は10センチも伸びたでしょうが。肩をリボンに したんは、背がもっと伸びても、リボンの結び目で調節できるからじゃ。 胸にシャーリングを入れたんも、スカートをつけたんも、マリ子が大きう なるのを考えて、なんよ」
それから、おかあさんは、言おうか言うまいか迷ったように口ごもって
から、こんなことを言った。
「マリ子に、そのうちちゃんと話してあげるけど、もうじきマリちゃんにも〈女の子のしるし〉があるんよ。女の子ならだれでもそうなる、おめでたいことなんじゃ。それも考えて、スカートをつけたんじゃけどなぁ」
マリ子は、おかあさんに背を向けたまま、きゅうに目がさめてしまった。
思い当たることがあった。あのことだ!
春ころだったかな。胸にコリコリした小さいかたまりができていた。さわってみると、痛い。できものかな、と心配して、何度もさわってみた。でもそのうちに、なんとなく感じていた。それがおっぱいの始まりらしいと・・。
目立って背の高い大屋の加奈子や寺の静江は、とっくから胸がふっくらしていた。走ると、胸がゆさゆさゆれたりする。マリ子もあんなふうになるのかな、と信じられないような不思議な気持ちになることがあった。
マリ子のそれは、少しずつ大きくなって、10円玉をこえるくらいになってる。マリ子が女の子になろうとしているのは、のがれようもないほどたしかなことだった。
「わかった、わかったけん」
思わず、答えていた。くわしくなんて、マリ子はききたくもなかった。
「ほんなら、この水着きてくれるん?」
え? 何の関係があるん? と口答えしかかったが、マリ子はしぶしぶうなずくしかなかった。マリ子にはよくわからない〈配慮〉が、この水着にはしこまれているらしい。それにもう1枚別の水着を買って、とは言えなかった。
おかあさんはほっと吐息をついて、最後の仕上げにかかった。
でも、なんでスカート? おっぱいと関係ないのに? それをきいてみようと起き上がったとたん、道の方から合唱がわき上がった。
「マリッペ」
「行こうや」
「山田屋じゃ」
マリ子は飛び起きて窓辺にとんで行った。しげるや俊雄や良二たちの頭が ずらりと5つ見えた。
「行く行く! 待っとって」
飛び出そうとして、マリ子はこんどはおかあさんに叫んだ。
「おかね、おかね。10円!」
二日市のバス停のそばの山田屋へ行くなら、〈かき氷〉と決まっていた。
「そうそう、今日の授業料あげんとね。はい、おせわになりました」
「どういたしまして」
2人で頭を下げ合った。それから、お金と麦わら帽をひっつかんで、マリ子は飛び出した。
貯金箱に入るはずの1日目の授業料は、そんなわけで、マリ子のお腹におさまったのだった。
おかあさんが本当に乗れるまでに、どのくらいかかったかって? 夏休みのあいだにかなり上達して、少しずつ買物にも出られるようになった。でも、倉敷駅に近い小学校まで通うのは、とても不安そうで、マリ子はお兄ちゃんの自転車で、町までつきそって、日ごとに距離を伸ばしていった。おかげで、夏休みが終るころには、マリ子の貯金は倍くらいにふくらんで、キャラメルの空き箱から、お菓子の空き箱に変わっていた!