(163) 『てぶくろ』
弟の健の本箱のすみに、うすよごれた大判の絵本が、まんが本に押しやられていました。こんなのあったっけ、と朝子はそれを引き抜いてみました。
「わあ、なつかしい!」
ウクライナ民話の『てぶくろ』でした。森の中に落ちていた片方のてぶくろの中に、ネズミ、カエル、ウサギ、キツネ、オオカミ、イノシシ、クマと、順にでっかい図体の動物たちが入りこんで、ぎゅうづめに暮らす話です。
朝子たちもずっと昔、そのまねをして、茶の間のテーブルの下にもぐりこんだものです。くり返し読んで、覚えこんだ3歳の健が、いちばん小さい〈くいしんぼネズミ〉です。テーブルの下で暮らしていると、6歳の徹が、
「ぴょんぴょんガエルよ、わたしも入れて」
と加わります。9歳の朝子が〈おしゃれギツネ〉ママは〈きばもちイノシシ〉、最後にパパの〈のっそりグマ〉までなかまに入って、自分のせりふを言いながら、むりやりもぐりこみます。
テーブルがごとごとゆれて、5人でキャアキャア押しっくらをして、それは楽しいひとときでした。
「健、もう一度これやってみない?」
茶の間をのぞいて、朝子は言いかけた誘いの言葉を飲みこみました。
健も徹も、サッカーでるすでした。ママはつかれて、こたつでうとうと・・。
もうとっくに卒業なのね。朝子はそっと絵本を本棚へ返しました。でも、 ずっととっておきたい思い出の詰まった絵本でした。それで、一番右端に目立つように、真っ直ぐに立てておきました。