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 8章-(1) 初デートの日

夏休みに入った朝、直子は香織と別れ、ポールと共に実家に向かった。

香織はその後、結城君にTELをした。

「今日はどっちにするの? 映画か演劇? それとも海なの?」

行き先によって、着るものを自分で考えなくちゃ。直子に見てもらえないし・・。

「そうだな、カオリはどっちがいい?」

「私は海! 広くて遠くが見えるところがいいな」

「いいな、それ。期末テストで、寮と学校に閉じこもりだったものな」

「じゃあ、海ならジーンズがいいよね。でも、ジーンズないから、山行きの時のズボンにする」

「どうしてさ、スカートにすれば! 海風に吹かれて、めくれるのもいい もんだぜ」

「何考えてるの、フフフ、おかしー!」

「じゃあ、8時半、校門のところで待ってる。弁当は持たずに、どっかで 旨いもの探そ」

「さんせい、それじゃ、校門で・・」

嬉しくって、ドキドキしながら、受話器を置いた。ほんとに2人だけの、 初めてのデートなんだもの。

だから、考えて、山行きのズボンは止めることにした。細かいギャザーが いっぱいで、長目のふわっとしたスカートに見えるけど、スカートではなく、パンツのように両脚が入る。これなら、海風が吹いても、めくれないわ。薄いグレー地に、青い小花が一面に散らばっている。これなら、砂浜に座っても、白地より汚れが目立たないはず。去年買って、1枚だけ持って いて、いつかはいてみたいと思って、しまいこんでた。

志織お姉ちゃんも、おそろいで持っている。香織が気に入って、去年自分の小遣いで買って、ママが志織に送る荷物に入れてもらった。その一回きりが、お姉ちゃんへの贈り物だった。

上は紺色のTシャツに、白い長袖ブラウスを羽織る。幅広のベージュ色の帽子と、日焼け止めクリームを忘れずに持った。念のため、ピンクの袖なし Tシャツも、余分に入れた。

ママが5月のワンゲル登山の前に、リュックを選んでくれた時、少し大きめのと、小さくて町歩きでも使えそうなリュックの、2つを送ってくれた。 こんな小さいのは、山行きには使えないわ、とクローゼットに乗せっぱなしだったのが,役に立った。

そのちびリュックには、思いのほか、ポケットがたくさんついていて、水を入れたポットも表側の脇に入れ場所がある。タオルやスカーフ、Tシャツは中央に、ハンカチとティッシュと財布は、外側のポケットに。飴やガム用、くしや日焼け止めクリームを入れる内側ポケットもある。折りたたみの日傘も、念のため入れておいた。

食堂のおばさんに、昼食と夕食はいらない、と夕べのうちに、お願いしておいた。
そろそろ出ようとしかけた時、ドアをノックする音がして、

「笹野さん、電話です」と、3年生の渡辺恒美さんの声が聞こえた。予備校の大学受験講座を受けるため、7月中は、寮に残る話をしていた。

「はーい」

時計を見ると8時だ。きっと、圭子だわ。香織は大急ぎで、電話ボックスに向かった。

「おはよ、オリ、大阪には夕べのうちにTELしておいたからね。オリのママにさんざんお礼を言われてしまって、ハハハ、うそつきのあたし、恐縮し ちゃったよ。今日はうんと楽しんでおいでね。そして、話す元気が残って たら、ちょっとでも教えてね。オリの初デートがどうなるのか、心配してんだよ」

「フフフ、なんとかなるんじゃないの?」

「そうだよね。じゃ、行ってらっしゃい!」

「ありがと! 助けてくれて。TELもくれて! 行ってきまーす」

へやに戻って大急ぎで、最後の身支度を調えて、帽子をかぶり、リュックを背負って、ロビーでスニーカーを履いていると、渡辺恒美さんがテキストを手に、週番室に入ろうとして、香織に気づいて、目を見張った。

「あーら、すっかりデートスタイルじゃないの。前からそんな人いたの? ぜんぜんそうは見えなかったけど、ふーん、とってもステキ。楽しんでらっしゃい。わっちは勉強、勉強、と。わっちのデートは、お相手に当分待たせといて、そのうちに、だね」

言い終えると、手を振って、週番室に消えた。恒美さんもお相手いるんだ。

時計を見ると、8時25分。ひゃあ、遅れる! 香織は走りに走った。

正門にもたれて、結城君が待っているのが見えた。香織に気づくと、白い歯を見せて、両腕を広げている。香織はあえぎながら、ニコニコもしながら、ギャザーを風になびかせて、その腕を目がけて駆けて行った。  

  (画像は、蘭紗理かざり作)

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