ツナギ 2章(1)活動開始
前章まで:9代前から代々山腹の洞窟に住む、ツナギとじっちゃは、大揺れと海水の遡上で、縦穴家屋と田畑を流された、野毛村12軒の人々を、ツナギが誘導、洞を避難所とする。じっちゃが6代前からの壁の記録とこれまでの経過を伝える。波にのまれた2人を、ツナギは自分のせいかと悔やむ。
夢うつつに揺れを何度も感じながら、いつの間にか眠りこんだらしい。 ツナギは近くで騒ぐ男の声で目を覚ました。朝のようだ。
魚とり名人のウオヤが、洞窟 (ほら) の外でじっちゃと村オサに報告していた。早起きして、ふもとまで見に下りて戻ったところらしい。興奮した声がビンビンひびく。
「魚がうじゃうじゃおるぞ。水はかなり引いて、魚が窪みにはまっておる。タラやスズキなど海の魚までいるよ。里芋は水ん中だが、イモは掘れるぞ。葉は水をはじくから、一枚残らず取って使える。レンコンも掘れる。倒れた稲の残りも採れるかも・・」
ツナギの頭にかっと血が上った。魚と里芋にレンコンに稲も! 食料の心細さが一瞬、吹っ飛んだ気がした。
じっちゃとオサが口々に叫び返した。 「ありがたい!収穫できるものは、すぐに収穫だ!」
「水が引ききらないうちに、魚を先に獲ろう」と、ウオヤは言ったが、 じっちゃも負けてはいなかった。
「いや、イモは長く水に漬かってると、腐るぞ。雨で水かさが増せば、掘りにくくなる。手分けして、掘り出そう。魚はまかせる。子どもたちにも手伝わせてな。それと、栗林に残っているダイズなども、すべて収穫しよう。 わしは竹を切らねば・・。炊事場と便所の囲いと竹カゴ用にな。誰か手伝ってもらえるか」
オサがすぐに受けた。
「仕事の割り振りは、私に任せてくれ。すべての采配は親父さんにお願い して、後は任せてくれ」
ツナギの耳元で、サブがくすっと笑った。 「親父さんって呼んでる、頼りにしてるね」
その時だ。ドーンと、一段と強い揺れが来た。周りに寝ていたゲンやシオヤたちが、跳ね起きた。隣の部屋から子どもの泣き声と、母親を呼ぶわめき声が上がった。
ツナギを先頭に、這うようにして皆 洞の外へ飛び出した。
母親たちが、かまどの上のカメを必死で焚き木で押さえつけている。カメが倒れかかり、半分こぼれているのもある。じっちゃたちも皆、地面にはいつくばっていた。
ようやく揺れは鎮まってきた。
「こんなに強いと、また海の水が来ないか」 とオサがじっちゃに訊くと、シオヤの父親が答えた。
「たぶん来ない。昨日は大潮と重なったんだろう。大潮と揺れが重なると、すごい大波になると親父が話してた」
その冷静な声に、皆ほっとした表情になった。
ツナギは眼の下に広がる野毛村を、あらためて見回した。引き潮と共に、 竪穴の家々は根こそぎ流され、残骸があちこち散らばっている。サトイモ畑やレンコン畑の葉は、かぶった泥の下から、まだらに緑の色を見せていた。
じっちゃがツナギやゲン、ジンたち6人に目を走らせて、うなずいた。
「また揺れるだろうが、カメ運びは頼むぞ。危ないと思ったら、引き返して来い。飯がすんだら、あれを持って行け」
と指差した先に、背負いカゴと、水を入れた竹筒6本、太いなわの束のわきに、硬いカシの棍棒と石鎌が2本ずつ並べてあった。 背負いカゴの中から、じっちゃの竹笛がのぞいている。
「助けが必要になったら、この笛を思いっ切り吹け、いいな。弁当とカノへの土産も入れてある。なわは何にでも使える。棍棒と鎌は、ケモノ用だ。音を立てて脅すといい。草むらは、叩きながら行け、蛇が逃げてくれるわ」
「なわはこんなに長いの、何に使うんですか」と最年長のゲンが訊いた。
「何にでも使える。水に落ちたら、投げてやればいい。カメにからめて背負ってもいい。頭を使って、うまく使え。とにかく無事に帰って来るんだ。ゲン、ツナギ、頼むぞ」
あつあつの雑炊を腹におさめて、6人は準備した。
ツナギが背負いカゴを、ゲンが重いなわ束を肩に担ぎ、棍棒はシオヤとナメシヤが嬉しそうに揺すってみせた。背丈ほどもある、頑丈な棒だ。
ツナギがオレも欲しいなとつぶやくと、ゲンやサブたちも欲しがり、細いが1本づつそれぞれもらった。これだけでも心強い。
足元は全員はだしだ。ツナギも沓は当分履くことはないだろう。沓の裏用のケモノの皮は手に入るが、土台となるワラや布が手に入らないのだ。鉄の鎌は、サブとジンが持つことになった。サブの母親が大事な2本の鎌に、大きなササの葉を巻きつけてやった。
6人が岩山を下り始めると、じっちゃが思い出したように背後から叫んだ。
「笛はやたらに鳴らすな。蛇が集まってくるからな」
(画像は、すずかぜ彩月 作)