10-(1) きっかけは?
何か悪いことが続くと、おかあさんは〈さんりんぼうの日〉だという。 お兄ちゃんは本で仕入れたのか〈13日の金曜日〉みたいだって。
マリ子のクラスの女子にとって、その日はその両方の言い方にぴったりの 1日だった。
始まりは校庭での朝礼の時だ。
マリ子が4年2組のうしろから3番目に並んでいると、前方がさわがしく なった。列の中ほどにいる中野まゆ子と藤木勝子が、何かを持っている らしい。2人のまわりに、いくつもの頭が寄り集まって、のぞいている。
大熊昭一がさかんにとび上がって、わしにも見せろ、とわめいている。
マリ子も見たくて、2,3歩動き出した時、
「4年2組! 整列が遅えぞ」と、体育の杉野先生が、マイクでどなった。
「タヌキが後でうるせぇぞう」
クラス一背の高い林安志が、マリ子の後ろの方でつぶやいた。マリ子はすぐに足を止めた。そうなのだ。となりの1組といつも張り合っている田中先生が、こんな不名誉を見のがすはずはなかった。
林安志は猫背でのっそりして、牛みたいでおとなしい。男子のボスになれ そうな体格なのに、気が小さくて、まじめのかたまりだった。
「タヌキは今、こげな顔しとるじゃろ?」
マリ子が安志の方へむいて、眉を下げ、しぶい表情で顔をゆがめて見せると、安志はわざわざ伸び上がって、田中先生を見やった。
「ほんまじゃ!」
安志の感心した声に、マリ子は声を立てて笑った。とたんに、マイクの声がふってきた。
「うるせぇ! まださわぐ気か!」
マリ子は首をすくめて、静まった。
教室へ入るとちゅう、マリ子は中野まゆ子のセーターのそでをひっぱった。
「さっきの何だったん? うちにも見せてん」
まゆ子はいっしゅん、いやそうな気配を見せた。まゆ子は成績のいい三上 裕子をライバルにしていたから、裕子と仲のいいマリ子に、冷たい目を
むけることが多い。でも、この時はよほど自慢したかったらしい。
「ちょびっとな」
マリ子をろうかのすみへつれて行き、スカートのポケットから、大事そうに出したのは、にっこり笑ったセーラー服の女の子の写真だった。
「大空ますみじゃが!」
マリ子にもすぐわかった。歌手で女優のますみの顔は、少女雑誌でよく 見かけていた。
まゆ子は得意でならないらしく、ちょびっとのはずが、何枚もつぎつぎに 出して、めくって見せた。
着物を着て髪を結い上げたのや、カウボーイハットをかぶって馬に乗った のや、バレリーナのようなふわっとした衣装のや、いろいろあった。どれも八重歯を見せてほほえんでいる大空ますみだった。
「こげんぎょうさん、どしたん?」
マリ子は聞かずにはいられない。
「塾の成績がようなるたんびに、おかあさんにねだったんじゃ。どれも 高いんよ」
「ふうん。これでいくらなん?」
少し小型の写真を指さしてみた。
「1枚30円。こっちは50円」
「ひゃー、ほんまに高いな」
マリ子はほしくてもあきらめるほかはない。だってマリ子が暑い夏の日に、1日子守の手伝いをしてもらえたお金が、この小さい写真のたった1枚分 だなんて! 実現の夢は遠くても、自転車を買う方がずっといいや。
その時、三上裕子がかけ寄ってきた。
「うちにも見せて」
とたんに、まゆ子はつんとして、写真をぜんぶまとめてポケットに戻した。
廊下のむこうに、田中先生の姿が近づいてきていた。3人は大急ぎで教室にかけこんだ。きげんはすっごく悪そう、とマリ子にはすぐに見てとれた。
(画像は、蘭紗理作)
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