9-(5) バレた!どうする?
逃げようとしたけど、遅かった!
「その面は弘っちゃんか? 何しとんなら?」
正太の声に、マリ子は凍りついた。正太なら、この面を見逃すはずはない。お兄ちゃんの面は、正太が仕上げたようなものだったから。追い打ちをかけたのは、おむかいの俊雄だった。
「弘っちゃんは盲腸で、夕べ入院したいうて、ばあちゃんが言うとったで」
「ほんなら、あれは? えっ? ああっ!」
正太は半信半疑の声を上げ、あたりをぐるっと見回した。それから、強い 調子で叫んだ。
「みんな、わしについてけぇ!」
かっかっと高げたの音を立てて、階段を2段とびで上ってきた。マリ子は 逃げきれず、山門のところで棍棒のはしを、正太にがっちりと押さえこまれてしまった。
わらわらと鬼たちがマリ子を取り囲んだ。全員がかたまりになって、信教寺の門をくぐり、だれにも見られないように、左手の鐘つき堂のうしろへ、 正太が皆を連れて行った。
「だれじゃあ、こいつ」
良二が大きな声を出した。セルロイドの面をかぶり、小さい高げたをはき、短いこんぼうを持って、一人前の鬼のつもりでいる。
正太はだまって、マリ子の面をひきはがした。あっ、みんな息を飲んだ。
「マリッペ!」
「やっぱりじゃ!」
と、正太は困り切った声を出した。
「おなごは鬼になれんのぞ!」
「バレんと思うとったんか、あほう!」
口ぐちに言われて、マリ子の方は口をとがらせた。汗ぐっしょりの髪を ぐいとかき上げ、鐘つき堂の石垣にもたれると、言い返した。
「今日は、うちは弘じゃ。お兄ちゃんのかわりに、このお面をお宮さんに 見せて、拝んでくるつもりじゃったけん」
とっさに出た言葉だった。でも口にすると、初めからそのつもりだった気がした。
「ええっ、おめぇ、一王子さんまで行く気か? やめとけ!やめてくれぇ!」
いつになく強く言って、正太は両手を広げて止めた。
「うちはひとりで行くけん」
「そうはいかん。おめえが女じゃとばれたら、西浦地区は何しよんなら、 と大問題にならあ。神さんを汚しとる、いうてなあ」
「バレんようにすりゃあええじゃろ。うまく行って戻れたらおもしれぇが」
マリ子は負けずに、笑ってみせた。みんな呆れて、顔を見あわせた。
「ばちが当たるで」
野原のしげるが真顔で言った。
「なんでよ。女の神さんじゃておるが。なんで女の鬼がいけんのん」
「立ちしょんべんは、できんで」
良二がかん高い声で言ったので、みんないっぺんに気がぬけて、ゲラゲラ 笑い出した。
たしかに鬼の衣装を着て家を出ると、鬼たちはあぜ道や草っ原で、立ちしょうべんするしかない。
マリ子はそうか! と思い当たって、言い返す言葉がなかった。
「せぇに、けんかにでもなりゃ、おなごはじゃまじゃ」
正太が笑いながらいうと、映画好きの俊雄が思いついたように言った。
「くノ一じゃが。くノ一はけんかも強えで」
そう、それそれ。黒装束の女隠密は、映画の中で男に負けずに大活躍して いる。マリ子は元気を取り戻した。
「くノ一て、なんじゃ」
良二が身を乗り出してきいた。正太は地面に〈くの一〉と書いてみせた。 ひと文字の漢字ができあがった。
「なあんじゃ。女、か」
良二の声があんまりがっかりしていたので、わかっていた者も初めて知った者も、いっしょになって笑った。皆で笑ったせいか、空気が変わってきた。
「マリッペの強情っぱりが! しようがねぇ、みんなで囲んで隠してやるか」
正太は言って、腰の手ぬぐいをはずしてマリ子にわたした。
「頭と顔をつつめ。俊雄のも貸しちゃれ。万一面をはがされても、ばれん ようにしとけ」
マリ子は飛びつくようにして、その手ぬぐいを受け取った。