4章-(8)差別感・悲哀感
町の中心街の店を、順にまわってみた。革製品を売る店で、夫はベルト ポーチを買った。
靴屋に入ったり、食器屋を覗いてみたり、さんざん歩いて、カフェに入り、紅茶とスパブルーを飲む。
ここで、今日2度目のいやな思いをした。それはこれまでも時折感じたことだが、東洋人に対する〈人種差別〉が、根深く存在するのだ、ということ。白人種の中にある根強い〈見下し感〉〈嫌悪感〉〈優越感〉を滞在中感じ ないわけにはいかなかった。
大学内での歓談中には意識させられることはなかったが、町へ出ると、一部の人たちの視線や応対に滲み出るのだ。
私たちの前の席(戸口の外が見晴らせるいい席)に座ろうとした一家が、 私たちが中にいることに気づいたらしく、娘のひとりがオランダ語で何か 言うと、一斉に席を移って、屋内の奥まった席へと移動したのだ。
夫にも私にも、娘の言った「ベトナメーゼ」という言葉が、耳に残った。
「私たちをベトナム人だと思ったのね」
「やっぱり差別を感じるね」とささやき合った。
韓国人や中国人に見られたりするほかに、ベトナム人にも見えるんだ。 日本人らしさというのは見分けがつかない、ということね、とちょっと 複雑な気分でもあった。特徴が際立っていないということでもあるのだ。
その日、もう一度、いやな思いをしたのは、市場でメロンを買った時だった。店主は暇そうにしているのに、声をかけてもふり向かない。何度目か 叫んで、やっとメロンと1Gを差し出している夫に顔を向けたが、ちらと 見て目をそらしただけ。夫はお金を台の上に置き、メロンは自分で自分の ビニール袋に入れた。これが客に対する態度だろうかと、私は腹立たし かった。
人種差別については、ウイルやガートルード(=ハトル)についてさえ、感じることがあった。2人でにこりともせずに、オランダ語で何か話し合っていてその中にハポン、ヤーポン (=日本) という言葉がくり返されると、何かよくないことを言い合っているのかと、気を回してしまい、そんな自分に哀しくもなった。人づき合いとは、なんと難しいものだろう。
その点、アンナやエリサ、ジュデイットは裏表がなく、とても気持ちのいい人たちだった。エリサが最初の日に言ったように、オランダの女性はシビアで笑うことが少なく、つきあいにくい人たちなのだろうか。
普通の観光旅行とはひと味違う濃密な旅を経験できた喜びは大きいが、その分ちらりと悲哀も感じる旅でもあった。
ナイメーヘン駅へ戻ると、今回の主催者のひとりでもあったクリスチーナが、他の人たちを待っていた。
「アンナにハンカチの話を聞いたわ。今も3枚持っているの」
と、聞くので、ポケットやバッグから出して、見せてあげた。
アンナは昨夜のパーテイの間中、ハンカチを離さず、私を見かけるとハン カチを振って、汗を拭いたり口を拭く仕草を見せて、どんなにプレゼントを喜んでいるかを、示してくれたのだった。
クリスチーナはこれから数人で、スペインへ向かうとのこと。何人かは カタリーナホテルへ、もう1泊したそうだ。夫は論文を彼女に送る約束を 交わして、手を振り合った。この1週間、会の運営を支え続けてくれた人 との、気持ちの良い別れだった。これで、本当にナイメーヘンでの学会の 人たちとの、最後の別れとなった。
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