1-(5) 着物
花祭りの4月8日は、すぐにやってきた。ちょうど〈入学式〉と重なって、学校は午前中でお終いだった。
西浦の子どもたちは学校から帰ると、稚児行列の準備でどの家でも大さわぎだった。特に女の子たちは、お化粧と着物の着つけにいそがしかった。
マリ子はそんなさわぎをよそに、いつもの紺色のズボンとチョッキと、白いブラウスでおはやしに出るつもりでいた。
おとうさんとおかあさんは、それぞれの学校が始まっていて、マリ子は台所用の水くみや風呂の水運びをしておかなくてはならなかった。お兄ちゃんは夕食の買物と、風呂たきの当番だった。
マリ子が正太の家の井戸を、使い終るころを見計らっていたかのように、 正太のおかあさんが台所から、手招きをした。
「マリちゃん、ちょっと」
「はあい」
マリ子はバケツを置いたまま、台所へ入って行った。
おばさんは板の間にかすりもようの布や、赤いひもをつづらから出していた。
「これな、ずうっと前に、ささらをひく子が使うた着物じゃ。うちのおばあさんが縫うて、蔵にしもうてあったんじゃ。まだ使えそうじゃけんな、マリちゃん、着てみんさい」
マリ子が返事をするひまもなく、おばさんはマリ子の肩にそでをかけた。 ぷんと〈しょうのう〉の臭いがした。
「ちょうどええ大きさじゃ」
おばさんはマリ子のチョッキとブラウスをぬがせ、シャツの上に赤えりの ついた肌じゅばんを着せた。それから、かすりの着物ともんぺをはかせた。
「ぴったりじゃが。おばあさんが生きとられたら、喜んでじゃ。ほら」
おばさんはマリ子に、柱にかけた鏡を見せた。紺色に白の井げたもようが、くっきりしていて、赤いえりがのぞいている。くりくりとよく動くマリ子の黒い目が、浮き立ってみえた。
そでは短く、もんぺのすそはきゅっとしまっていて、いつだって走り出せ そうだ。
「まだあるんよ」
おばさんは赤い帯をしめ、赤いひもをたすきがけにしてくれた。それから 赤い鼻緒のわらぞうりをはかせた。最後に木箱から取り出した花笠をマリ子の頭に乗せ、あごのところで結わえてくれた。
「花は夕べ作り直したんよ。まあ、おなごの子はええなあ。うちは男ばあ 3人もおってからに、おなごの子がひとりほしかったが・・」
おばさんは言いながら、花笠の白とピンクの花を形よく整えてくれた。 気恥ずかしくて、マリ子は花笠をはずそうとしたが、おばさんはまたかぶせ直して、言い添えた。
「えんりょせんでもええんよ。着物は汚したら、洗うてもらうけど・・」
着物で行列に出る気はまるでなかったのに、思いがけないなりゆきだった。それに、鏡の中のマリ子は、自分でもびっくりするくらい、かすりの着物が似合っていた。ドキドキするのは、うれしいせい? やっぱりわたしは女の子でよかったのかな?
「そろそろ行列の時間じゃ」
マリ子はうなずいて、たいこの音がしている納屋の方へかけ出して行った。
マリ子を見ると、男の子たちはいっしゅん、だまりこんだ。それから照れたようにつつきあってさわぎ出した。
「マリッペ、すげえべっぴん!」と、良二。
一番おどろいたのは、お兄ちゃんだった。これが妹か、と見上げ見下ろしている。思いがけなくマリ子は得意な気分だった。
正太はまぶしそうにちらと見ただけで、すぐに皆に楽器を確認させ、整列させた。
「お寺へ向かって、しゅっぱーつ」
大だいこの正太としげるを先頭に、行列は動き出した。マリ子はささらを鳴らしながら、小だいこ3人のうしろについて行った。 そのうしろにお兄ちゃんたちの笛が続いた。
寺の境内には、女の子たちの稚児の一団が、はなやかに着飾ってむらがっていた。まわりには西浦中のおとなたちが、集まっている。もくぎょの音と読経の声が、とぎれなく続いている。
おはやし隊がつくとまもなく、稚児行列が始まった。寺の境内から33段の階段を下り、村道を一周してくるのだ。
寺の娘の静江が、先頭を進んで行った。丈の高い、ピラピラと金色の飾りをいくつも下げた冠をかぶって、まっかな着物に紫のはかまを着て、だれよりも大きく見えた。その後から、ちいさい女の子たちが続いた。
〈大屋〉の加奈子は一番後ろをゆったりと進んでいる。長い髪を結い上げ、ビラビラ飾りをつけ、たもとの長い赤地の着物に、口紅やおしろいをつけて、お姫様みたいだ。高いこっぽりげたをはいているので、ぐんと背が高く見えた。
おはやし隊は稚児たちの後から、にぎわしながらついて行った。