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13-(5) 空中ブランコ
ライオンの火の輪くぐり、クマのピエロとのおどり、ゾウの箱乗りなど、 プログラムはつぎつぎ進んだ。
寺の静江が話していた〈オートバイの曲乗り〉は、たしかにおどろきだった。まん丸の金属のかごの中を、男の人がオートバイを走らせるだけだが、横のかべをぐるぐる回り始めると、ずり落ちるのでは、とマリ子はハラハラした。
前に座っている正太とお兄ちゃんも、わっ、おっ、と声を上げ、身を乗り 出している。バイクが天井と床をたてにぐるぐるまわり始めた時は、ふたりとものけぞった。乗り手の顔はまっさかさまだ。どうして落ちんのよ! と マリ子は叫んでいた。
終って、バイクのおにいさんが球から出てくると、どっと拍手が起こった。前のふたりは、こしを浮かせて、むちゅうで手をたたいている。
「すげかったのう」
お兄ちゃんがマリ子をふりむいて言った。
「あれ、電気かなんかで、玉とバイクがつながっとるんじゃないのかな、 お兄ちゃん」
「そりゃ、ちがうで、マリちゃん。スピード出しとるせいで、落ちんの じゃ」
正太の説明に、おかあさんがつけ加えた。
「その通りじゃと思うよ、遠心力じゃろな」
マリ子はまだふしぎでならない感じが残った。
ジャーン、ドドーンというシンバルと太鼓の音で、天井近くの右手と左手のブランコに、スポットライトが向けられた。今夜の最後で最大のだしもの、空中ブランコの始まりだった。
右手の台に、ぴったりした白タイツに、銀ラメのチョッキを着た男の人が 現れ、大拍手に手を上げてこたえながら、ブランコをつかまえた。左手の 台では、華やかなピンクのチュチュ姿の女の人が、ブランコに座ってこぎ 始めた。
それぞれがゆれるブランコの上で、両手をはなしてさかさまになったり、足首だけでぶら下がったり、さか上がりのようにしてぐるぐるまわったり、肝を冷やすような演技に入った。
マリ子は息をのんで見つめた。あんなことができるんだ!
3人目の男の人が、女の人のブランコに加わると、さらにハラハラさせる 動きになった。大きくゆれる左のブランコの男の人の手から、右の男の人へと、女の人が手わたされるのだ。女の人は、かるがると宙をとんで、いかにも楽しそうに見えた。
受け止める男の人は、ブランコの横木に脚をかけ、逆さになってゆれながら、手だけで女の人を、がっちりと支えている。
「呼吸がぴったり、合うとんじゃなあ」
おかあさんがつぶやいて、考えるようにまた言った。
「信頼しとらんと、できんわなあ」
落ちることだってあるんじゃないの。安全のためのあみが、あんなに長く 張ってあるのは、落ちる心配があるからじゃないの。そのことに気づくと、マリ子はいっそう目がはなせなくなった。
女の人が宙を舞うたび、会場は息をのみ、ぶじ手をつかむたび、どよめきが走った。
こころよいリズムで空を飛んでいるうち、チュチュがふわっと舞い上がったと思うと、どうしたのか、女の人は相手の手をつかみそこねた。会場全体がはっと息をのんだ。
あああーっ! という叫びとともに、チュチュはまっさかさまに落下した。 いっしゅん、会場は静まり、はげしい悲鳴に変わった。
マリ子の目の前で、あみが大きくゆれ、チュチュは大きくはずみ、はね 上がり、はねとんであみをはずれた。ドサッ、という音が、マリ子の耳に はげしくひびいた。
おかあさんがマリ子の肩を強く引き寄せ、抱きしめた。マリ子はもがいて ふりはなした。
ちゃんと見ておくの! あの人どうなるのよ!
ざわめきが膨れ上がり、多くの人が立ち上がり、前へとかけ寄った。
舞台のうらから衣装をつけた人たちが、ぞくぞくと飛び出してきた。