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(116) 天国の山
画家の笹さんは、檜原村の御前山の中ほどに、アトリエを持って住み着いていました。きびしい暑さの夏には、ここは別天地です。
縁側のガラス戸を開くと、谷から風が吹き上げてきます。さやさやと鳴る木々の葉ずれの音は、秋の訪れを告げる音楽の調べのようです。
もう年だからと、都心に住む息子一家は、笹さんの部屋を用意して、山をおりるようすすめてくれます。でも、ここは天国のようで、笹さんはこのまま住み続けたい気持ちが強いのです。
にわとりやウサギを飼い、五軒きりのご近所にもわけてあげました。戦後の飢餓の時代を知る人の、冬を越す自給自足の知恵のつもりでした。
ところが、エサを狙って、ネズミが集まります。ネコやイヌを飼って対策をしても、空からカラスが襲ってきます。
鶏小屋やウサギ小屋の格子のあいだから、タマゴや子ウサギやひな鶏をつつき出して、さらっていきます。カカシや空き缶でおどしても、効き目なしでした。
![IMG_20211109_0009天国の山](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/67779202/picture_pc_0cee6633dad900d0eaae633b70a81ff2.jpg?width=1200)
ある日、笹さんは縁側に座って、日課にしている写生をしていました。庭のコスモスを描いていると、地面の上を黒い影が、ゆっくりと過ぎていきます。顔を上げて、笹さんは動転しました。
カラスが足にネコをしっかりとつかんで、その重みのせいで低空飛行をしているのです。あの黒と白のぶちは、たしかにうちの親ネコでした!
大声を上げて駆け出そうとして、笹さんの足がもつれて転んでしまいました。ああ、この痛みは、捻挫か骨折でもしたみたい・・。残念!山をおりることになるかも・・。息子に電話をしなければと思いつつ、しばらく緑の森の風に吹かれていました、痛みに耐えながら・・。