13-(6) 帰り道で
毛布で包まれて、頭にも布をかぶせられて、誰にも見られない姿で、その人はタンカに乗せられ、救急車で病院へと運ばれて行った。救急車の甲高い音がいつまでもいつまでもひびきながら、遠ざかって行った。
救急車が去ってしばらくして、団長の放送があった。骨折はしているが、 命に別状はないそうだ、という知らせに、おろおろしていた会場中がほっとしたため息と、よかったの喜びの声であふれた。
サーカスはその日は、そのまま終わりとなった。みな重い気持ちと、安堵の入り交じった思いをを抱えながら、会場を後に、家路についたのだった。
外に出ると、北風が吹きつけてきた。半コートのえりを立て、マフラーを 耳まで、まきつけていながら、マリ子はしんとしていた。口を開く気になれないほど、重たい気分が残っていた。4人の足音だけが暗い夜道にひびく。
おかあさんが低い声で正太に話しかけた。
「楽しませてあげようと思うたのに、あげなことになって、悪かったなあ」
「・・へでも、けがですんで、命は助かったけん、まあまあよかったが・・。ほかのはぜんぶ、おもしろかったで、おばさん」
正太は、券をもらえてめずらしいサーカスを見せてもらって・・とお礼を 言った。
お兄ちゃんが深い声を出した。
「サーカスは本で読んだことあるけど、ほんものはすげえのう!
ほんまに、命がかかっとんじゃなあ!」
そう、たしかに命がかかってるんだ。マリ子もそれを、ふるえるほど強く 感じていた。
あの時、うしろから押しよせた人たちがささやいていた。
「首が折れとんじゃねぇか・・」
「そげなことになりゃ、いちころじゃが、おっそろし・・」
「背骨が折れたら、2度と立てんで・・」
「頭をやられたかもしれんぞ・・」 「網があったけん、助かったんじゃのう」
その声と、ドサッという音が重なって、マリ子の耳も頭もジンジンして いた。サーカスはこわい、と心底思った。
おかあさんはお兄ちゃんの、命がかかっとるんじゃなあ、という言葉に何も答えなかった。それでもマリ子には、お母さんがマリ子に言いたいことが 聞こえるような気がした。心配性のかたまりなのだから。
マリ子は、サーカスはしばらくは、見るのも遠ざかっていたかった。あの中に入って自分もやってみようとは、とうてい思えなかった。ちらっとくらいは浮かんでいた夢は、とうに消え去っていた。
そのうち何ができるか見つかるかも・・。マリ子にもできることが、ほかにも何かあるかもしれないもの。
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