5章-(5) それぞれの夢
帰り道で、かよは作造おっちゃんのスイカの話をした。旦那様が朝の散歩の見回りで、スイカの葉が田んぼ一面に広がってるのを見つけて、初めひどく怒っていたけど、おくさまの上手ななだめ方もあって、何も言わずに田んぼ1枚、スイカで自由にさせとこう、ということになったと、みさに話した。しかも、作造を呼んで、叱るとか咎めるとかせず、放っておくそうだ、と。
「ふうん、旦那様、ええとこあるんなぁ。見直したが。うち、威張っとって、けちくそうて、気に入らんこたぁ、すぐ怒鳴る、くそじじいじゃと思うとったが」 「おっちゃんには、黙っとってな。旦那様が言われたのを、あんたに話してしもうたのも、ほんまは裏切りみてぇじゃもん」
「わかった。とうちゃん、今夜は結いの後のご苦労さんの酒飲んで、戻りゃすぐ寝るに決まっとるけん、話すひまねぇわ。ずうっと黙っとく。これも 秘密じゃな」
みさは嬉しそうに笑った。かよはつい2人のことも打ち明けた。
「うちな。旦那様に、あんたとうちのとうちゃん2人が、うちらにつき合うな、と禁止したのに、秘密の友だちなんじゃと話したら、旦那様もおくさまも、笑い出してしもうて、すげえ娘らを持っとるのを、知らん親たちじゃ、いうて面白がったんよ」 「そげなないしょ話をあんたがしたけん、旦那様は気を良うしてとうちゃんのこと、叱らんことになったんで、ありがとな」
かよは綺麗な着物を着ることで、旦那様に亡き娘を思い出させて、気を緩めさせたのだけど、そのことは何も言わなかったのに、みさは別の点で、ちゃんと見抜いて、わかってくれた。
「今日もおつる様、見せてな」 「ええよ、ええ着物で来るけぇど・・」 「しょうがねぇわ。おつる様といっしょの時ゃ、うちは目ぇつぶっとかぁ」
翌日もそのまた翌日も、啓一は3日続けて、朝、鶏小屋の中の糞を集めて、小屋の後ろに隠し、そのたびに、かよは雄鶏けん制の手伝いをした。
「袋ん口までいっぺぇになっとるけん、夕方に作造おっちゃんに渡しにいて来らぁ」
その日、啓一は重そうな肥料袋を背負って、ひとりで出かけて行った。
かよは気になって、早い夕食をすませた後、下女部屋で帳面に復習の字を 書きながら、耳をすませていた。おシズさんやおキヌさんは、台所の後かたづけと、明日朝の用意をまだ続けていた。
特徴のある啓一の草履を引きずる音がして、かよは台所口から出て行った。
「おっちゃんに会うたん?」 「おったで。ぼっけぇ、喜んどった。けぇで、でっけぇスイカ作っちゃる。わしにもくれるんじゃて。鶏小屋も作っちゃるけん、待っとれじゃて。早うせんと、ヒヨコが大きゅうなるけん、早う頼む、言うといたわ」
「啓ちゃん、こんこと、じいちゃんやとうちゃんは、知っとるん? 作造 おっちゃんと約束やこして、かまへんの?」 「じいちゃにゃ話したけん、知っとるで。旦那様がじいちゃんに、スイカ畑の話して、放っとけて、言われたんじゃて。作造に口出しすんなて」
かよの頬がひとりでに緩んでいた。旦那様は本気なんだ。あちこち、いい方に向かっている気がして・・。
「わし、作造おっちゃん好きじゃ。仕事は何やってもすっげぇ速うて、瘠せとんのに力持ちなんじゃ。竹とんぼじゃの、竹ひご作るんもうめぇで。かご作るんも、傘作るんも出来よんじゃ。わしは鶏小屋のでっけぇの作ってもろうたら、鶏を増やして、卵を売ろうかと思うとんじゃ」 「それええなぁ。売り歩いて回るん?」
「うん、初めは背負子に入れて行くしかねぇけんど、そのうち作造おっちゃんに考ぇてもらうかな。保の滑車つき台車もおっちゃんがやってくれるで。保がほんまに動けるようになったら、いっしょに売りに行けるとええな」
かよは啓一にも夢が育っているのだと、微笑ましくわくわくしてきた。 ずっと先の話ではあるけど・・。
自分はどうなるんだろう? おつる様が学校へ行くようになる頃には、かよは小学校を終えて、おつる様のお付きとして、連れ立って通うことになるのか。それとも、熊野先生がほめてた、と旦那様が言われたのは、かよをその先の学校にも行かせてくれることだろうか。いや、そんなのはあり得ない、だっておつる様の子守として、お屋敷へ来ることになってるのだから・・。かよは自分の将来が、自分では決められず、旦那様とおくさま次第なのだと、思うほかなかった。
みさはその点、はっきり自分の未来を描いている。あんちゃんがみさを嫁として受けてくれるか、とうちゃんが作造おっちゃんの娘を嫌うのでは、ということ。それと、作造おっちゃんの嫁探しが実現できるのか、という心配もあるのだが・・。
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