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2章-(8) 再度アムス巡り(6/4)

昨日とは打って変わって、雲の多そうな肌寒そうな外を見ていると、これ  なら皆と出かけても良いかな、と気が変わってきた。黒のとろりズボン、 しましま半袖Tシャツ、手造りチョッキに、紺色の薄手上着を着て準備し たら、すっかり行きたくなった。

外へ出てみると、シコフ夫人の車がジュデイットを待っているところだった。行きたくなったと伝えたら、夫人は私を抱えるようにして喜んでくれた。

車に乗りこむと、アンナとエリサも拍手で迎えてくれた。
「たびたび心変わりして恥ずかしい」と言ったら、アンナが大きく笑って、
「それが女の証拠よ」と、握手してくれた。

すぐ気が変わって決心がにぶってしまう。衝動買いして、後悔することが多い。薬や騒音に敏感で体調を崩しやすいこと、など打明けてみれば、
「あら、私と同じだわ」
と、アンナは言い、2人で笑ってしまった。


5人乗りで、ナイメーヘン駅まで行き、駐車場へ。

ハトルと落ち合わせて、6人で9:15の電車にのりこんだ。アムスまでの1時間半の時間つぶしに、折り紙で〈かご2つ・カヌー・ボート〉など作ってみせた。近くの席の女の子がのぞきに来たり、おばあさん達がにこにこ 顔で見ていた。

それから、リュックに入れてあった日本地図を見せ、日本での位置や気候、サクラ前線の話などした。朝鮮の釜山で生まれ、戦後ピョンヤン近くから 日本の本土へ引き揚げたことを、地図を辿りながら、説明した。

それを聞きかじったウィルが、後でハトルに伝えたのか、
「ミコは韓国人なの?」とハトルに訊かれ、え?と思った。日本に実家があるが、父母は教員として、当時日本が統治していた朝鮮で働いているうちに、日本は敗戦となり、帰国したのだと説明した。先祖代々の墓も実家の
近くにあることもつけ加えて、誤解は解いておいたが、その時の雰囲気で、日本人よりも韓国人の方がより低くみられているのでは、と感じられた。 その後何度か〈人種差別〉を意識させられる場面があった。

ウイルによると、オランダの北部出身の人は、色白で背が高く、彼女の兄上たちは全員2mを超えている。11人兄弟の由。全員が集まった時は、壮観だろうな、と思った。家そのものも大きいのだろう。私の家などに来られたら、頭をぶつけてばかりだろうな。

ナイメーヘンの人口は15万人、小学校は各ブロックに20以上ある。金曜の午後にもしかしたら、ウイルの家の近くの小学校を見せてあげられるかも、と言ってくれた。(しかし結局、実現できなかった。主催者の妻として、パーテイの準備で忙しくて・・)

エリサの話では、メキシコは地震が多く、石造りの建物が多いため被害が 大きく、去年は8~10回あった。メキシコ市の人口はどんどん増大して いて、今は東京を抜いて世界一だと思う。
「どのくらい?」
「5000万人」
「ええっ?」
と、思わず疑いの声を発した私。東京の3倍を超えてるなんて・・!
「3000万かな」
と言い直したので、私はまたたまげて、信用していいのかなと思ってしまった。後で思いついたのは、メキシコなどでは、〈戸籍〉が整備されていないと 聞いているので、正確な人口はつかめないのでは・・。

アムスへ着く頃、雲はかなり多くなり、肌寒いほどだった。駅から裏道へ入り〈飾り窓〉のあたりから歩き始めた。アンナがしきりに見たがったから。ガイドブックのどこかで読んだことのある、アムスの有名な、男性を誘うために、女性がなまめかしい姿を見せるという〈飾り窓〉だ。

私は歩くのが皆より速くて、歩幅の長いウイルと、いつも先頭を歩いてしまう。しばらくして他の4人といっしょになった時、アンナが
「窓の中に、裸の女の人がいたのよ!」
と興奮している。私は見損なったのだ。

すると、しばらくして、後ろからハトルが、ミコ!と大きなささやき声で
私を呼んだ。後戻りすると、ハトルが口の中で、
「ほら、女がいるよ。向こうの飾り窓に」と言う。
見ると、向かいの窓に、長々と寝そべった裸姿が見えた。身につけているのは、細ーいTバックだけ。とっくり見終わって歩き出した時、ハトルは確信ありげに言った。
「あれは男よ」
「えーっ、なぜわかるの?」
「筋肉が見えたもの。あれはぜったい男よ。時々そういうのがいるのよ」 そういうものかと、信じるしかない。

私がずっと知りたかった運河沿いの並木の名前を知りたい、と持ちだしたら、アンナが「これはリンデンバウム  (菩提樹) よ」と断言した。ハトルも 反論しなかった。いつか辞典で調べてみよう。 

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