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3章-(1) 星城高との登山日
香織は落ち込んだ夜、編み物を取り出して、自分の製図にそって、ほんの 数段編み出すことで、また気持ちを取り戻せた。そうよ、ひと目ずつ、1段ずつ重ねていくのよ、と。
そして、5月3日、ワンダーフォーゲル部の〈新入生歓迎登山デー〉は、 快晴のハイキング日和だった。
荻野駅7時集合のため、寮生の香織と直子と、2年生の宮城千奈の3人は、5時半起床、朝食は特別タイムにしたもらった。誰もいない食堂の片隅で、住み込みの杉田さん夫婦の世話で、朝食をすませた。
「はい、お弁当を3つ」
おばさんに包みをもらっていると、江元先生が食堂に入ってきた。切り取ったばかりの矢車草の束を抱えている。5つのテーブルの上に飾る花は、早起きの江元先生が担当していたのだ。
「お早うございます」 「おはよう。こんな日は、笹野さんでも起きられるのね」
香織は首をすくめた。掃除当番の朝、もう3度も先生のノックで起こされていた。
「先生、きれい!」
直子は言いながら、矢車草を1本ねだって、自分の細い三つ編みの髪の先に結わえた紺のリボンに、華やかなブルーの花を刺しこんだ。
「すてきですね」
江元先生が感心したように直子を見た。ラベンダー色のトレーナーが、直子によく似合っている。
「忘れ物はないでしょうね。2人ともちょっと、どこか抜けてるから・・」「ひどい、先生! オリは底抜けだけど、あたしは違います、しっかり者の直ちゃんです!」
香織はクスクス笑った。しっかり者直子の今日の服装は、コイン様のお告げによるものだったのだから。2人で夕べファッションショーを開いて、手持ちの服をぬぎちらして、今日の男子校との合同登山に備えたのだ。
直子は、香織のリボンは桜色、ブラウスは黄色と焦げ茶のチェック、モス グリーンのチョッキ、ズボンは紺色だねと、つききりで決めてくれた。 ところが自分のことになると、欲張りすぎて、香織が差し出すジーンズも ブラウスも、太って見えるだの、きつくってとか、どうもなあと不満足で、コイン様登場となったのだ。
「宮城さん、行ってらっしゃい、気をつけて」
先生は食堂を出て行く宮城千奈に声をかけた。千奈はふり向いて、固い表情で、先生にだけ目で挨拶を返した。香織はやっぱり2日前のあのことを、気にしてるんだと気が重くなった。
「さあさあ、笹野さんは遅刻してはいけませんよ」
江元先生に追い立てられて、香織たちはへやへ走った。
2日前に、香織は地下室の洗濯場で、ぐうぜん宮城千奈と隣り合わせた。 2年生で2階のさくら班3号室の千奈とは、めったに顔を合わせないが、 ワンゲル部のへやで挨拶をしたことはあった。
「同じ寮だったのね」
千奈の冷たい響きに香織はうろたえた。何かいけないことをしたのかしら、私?
「新聞部で評判よ。あなた1年生でたったひとり、若杉先生に個人教授してもらってるそうね。2年や3年の受験生ならある話だけど、何か特別な関係でもおありなの?」
「い、いえ、とんでもない、個人教授なんて、何も・・」 香織は口ごもった。
「そう、それじゃ、やっぱりおひいきさん、ってわけ。ちょっとかわいい からって、うぬぼれないでっ」
言い訳も聞かずに、千奈は最後を思い切ったように言い放つと、脱水し終えた洗濯物をさっとまとめて、勢いをつけて立ち去った。ミニスカートの下の形のいい素足が、とんとんと階段を登って行くのを追って、香織は吐息をついた。
ビリだから、先生は仕方なく面倒見てくれてるだけなの、引き受けた以上、責任負ってるだけなの・・胸の中でしか言えないつぶやきだった。
先日の職員室の人だかりは、新聞部の取材活動だったのだ。宮城千奈もそのひとりだったらしい。
香織と直子が、荻野駅3番ホームへ駆け上ると、若杉先生が待ちかまえていて叫んだ。 「お前たちが最後だぞ。笹野はまた遅刻か!」
「すみませーん」
また遅刻か、って、入寮式の遅刻は若杉先生にもちゃんと伝わってるんだ。
何も言えないうちに、JR線が入ってきた。清和の女生徒たちと、星城の 男子学生たちは、リュックを背に乗りこんだ。
清和女学園側は、若杉先生と体育の坂田文先生、音楽の日野詠子先生が引率している。星城学園からは、若い男の先生たちが3人加わっていた。