11-(3) 俳句問答
野良着姿の裕子のお父さんは、家の方へむかいかけて、また戻ってきた。
「あのな裕子、さっき一句思いついたんじゃがな。こりゃ、どうかな。
田の神の
あたまにとまる
赤とんぼ」
すると、裕子が打てばひびくように答えた。
「あたま、は変じゃ。なあ、マリちゃん」
そう言われても、俳句なんて考えたこともないマリ子には、どこが変なのか、さっぱりわからない。マリ子は首をすくめた。
「 田の神の
おつむで休む
赤とんぼ
の方が、ええと思うよ」
と裕子が言えば、おばさんもうなずいて、それから言った。
「おつむは、感じがええなあ。そんなら、こうすりゃどうなら
田の神の
おつむでとんぼ
ひとやすみ」
おじさんが大きくうなずいた。そして、マリ子に問いかけた。
「おう、おかあちゃんのそれもええなあ。どうじゃ、マリちゃん、どっちがええと思う? マリちゃんのご両親は学校の先生じゃそうなけん、ぜひ意見をきかせてもらいてぇもんじゃ」
マリ子にほこ先がまわって、どぎまぎした。なんて言えばいいんだろ。 でも、何か言わなくては・・。
「・・うちにはわからんけど、裕ちゃんの方が、赤とんぼが止まっとる のが、見えるみたいじゃ」
「ほほう、そうか。そういやぁ、そげな気もするなあ。とんぼが見えるか。ええこと言うてくれたな。おかあちゃん、子どもらにやられたしもうたが、ハハハハ」
おじさんは大きく笑うと、おばさんの肩を抱くようにして、立ち去った。
「田の神って、なに?」
マリ子はすぐに裕子にたずねた。
「田んぼのすみにな、おまつりしてあるんじゃ。田を守ってくれるんじゃ。お地蔵さんみたいに、石の像になっとんじゃが。ほら、川のところにゃ、 お水神さんをまつっとるじゃろ。あれと同じじゃ」
ふうん。その頭に赤とんぼが止まったのを見て、あんなふうに作るのか。 マリ子にはおどろきだった。野良着きて、田んぼの中で働いている人が、 仕事しながらいろんことを考えてるんだ。
それなら、あの助平の竹次のおっちゃんも? マリ子は信じられなくて、 首をふった。
それにしても、裕子はあんなお父さんやおかあさんにきたえられて、それで勉強がよくできるんだ、と見えた気がした。マリ子の両親は? 学校で先生はしてるけど、マリ子やお兄ちゃんに、何かを特別に教えてはいないし、何でも好きにさせてくれてるみたい。家によって、すごくちがうんだと思えた。