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13-(4) サーカスの演技
〈手に汗にぎる〉って、このことなんだ。マリ子の目は舞台の人にくぎづけになり、まばたきするのも忘れそうだった。
走る馬の背に立つ人の、肩の上でさかだちする女の人。その人がさかだちのまま、片手をゆっくりはずした時は、息が止まりそうだった。馬は走ってるのに・・。支えている男の人だって、馬の背に立っているんだよ。何もかも動いているのに、軽々とさかだちしてる!
「できるかな、あげなこと・・うちにも・・」
マリ子は思わず口の中でつぶやいた。さかだちは得意だけど、あんなすごいことはできるとは思えない。
「長いこと練習したんよ、きっと」
マリ子のすぐそばに顔を寄せていた、おかあさんが言った。
「練習すれば、だれでもできるん?」
「むいとらん人もおると思うよ。好きで、やる気はあってもな」
「サーカスの人は、特別な人なん?」
おかあさんは考えこむ顔になった。
舞台ではその間にも、目まぐるしく演技が続いていた。
何人もの人が上へ上へとつみ上がっていく、人間ピラミッドや、割れたガラスの上にねそべって、たるまわしをやったり。何本もの棒を、お手玉みたいにじょうずに投げ上げては、受け止めたり・・。自転車の上に片足で立ったり、寝そべったり、車輪ごとくるくるまわったり・・。
「素質のある人を特訓して、猛練習させて、できるようになるんかもしれんな」
おかあさんがようやく答えを考えついたように言った。
「そんなら、うち、できるかもしれんな」
「本気でサーカスに入りたいん、マリ子は?」
おかあさんはあわてたみたいに、マリ子をまともに見た。
「おもしろそうなが。うち、むいとるかもしれんよ」
おかあさんは眉をひそめてだまりこむと、舞台をじっと見つめた。たぶん マリ子にはその素質がありそうだから、おかあさんは返事に困ってしまう のだ。
反対すれば、マリ子のことだもの、よけいにやりたいと言い張りそうだし・・。かといって、やってみればなんて、おかあさんとしては、とても 言えないのだった。
またピエロたちがおどり出てきた。動物たちの芸が始まるらしい。舞台の袖から、白や茶色の犬たちの姿がつぎつぎに飛び出してきた。大きいの、ちいさいの、やせたの、太ったの、毛の長いのなど、いろいろだ。
義足のあのピエロが、身軽に転んだり、おどけて大きなピエロの肩にぶらさがったり、赤いまん丸のつけ鼻を、キューンと伸ばしたり戻したりして、会場をわかしている。
「あの人、何かでけがしたんじゃね。サーカスは危険だらけじゃじゃけん」
おかあさんはいい口実を見つけたみたいに言った。
マリ子はけがをして、芸ができなくなったせいかもと、初めて気づかされて、あらためてそのピエロを見つめた。義足が少し短いのか、動くたびに 肩がゆれる。でも、みじめそうには少しも見えない。自分にできることを、実に楽しそうにやってのけている、
サーカスが大好きなんだ、きっと。痛い思いをしても、やめる気になれないんだ。はなれられないほど、楽しくて魅力のある場所なのかも・・。そんなふうにマリ子は思った。