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4章-(4)昼食後日の出山へ

「寮の弁当じゃあ、ワンゲル登山には、エネルギー足りないよな」
と、結城君がわかってるよ、という表情で言った。
「いつもご馳走になって・・悪いわ」
香織と直子の声が重なって、2人で笑ってしまった。

ポールも結城君のママに同じ弁当を作ってもらっているのだ。4人はシーツの上にくつろいで、弁当を広げた。

「わあ、今日のはふと巻き寿司がいっぱい入ってる!」
香織は喜んだ。

「お袋は岡山の出身だからね。あのあたりじゃ、学校の行事がある時や、 村で花見なんかする時、どの家でもふと巻き寿司を作るんだとさ」

具の彩りがきれいだった。ホウレンソウ、卵焼き、シイタケ、カンピョウ、さくら田麩。
「ああ、おいしい。このお弁当があるから、ワンゲル部に入っててよかった、って思うの!」
「オリに同感。あたしもテニス部に決めなくてよかった!」と直子。

「なんだ、登山が好き、ってのじゃなかったのか。弁当につられて、とは、ハハハ。さっきは、ご馳走になって悪いわ、なんてしおらしいこと言ってたのに、なんだ、ハハハ」

結城君はポールと2人で笑っている。笑われたって、本音だもの。香織は チキンの唐揚げや、フルーツサラダもパクパク平らげた。

御嶽山は丹沢の山並みのひとつだから、周辺には山の向こうに山、そのまた向こうに山、と山々が連なっている。

「あれが大嶽山だな、あっちが三頭山、その向こうが丹沢山、他の名前は オレも知らないや」と結城君。

紅葉が始まっていて、黄色や赤が濃い緑の山肌に散らばっている。

「日の出山からの方が、都心の方とか、スカイツリーも富士山も見えるん だって」
と、結城君が説明してくれる。

お弁当をすませて、ひと息ついて、片づけを終えた頃。須山先生の集合の 声がかかった。

「今から日の出山の山頂へ向かい、山を下って、武蔵五日市駅で電車に乗って帰ることになるが、全体で4時間ほどかかる。登りは舗装道路から山道に変わるが、君らの足なら、楽なものだ。それでも気をつけて行こう。さあ、出発だ!」

いつものように、星城高の山崎先生が先頭に立って、神代けやきを目指して歩き出し、ペアになった組が次々と後に続いた。神代けやきが、御嶽山と 日の出山行きへの分岐点になっていて、舗装道路がしばらく続いていた。

香織は結城君と時々手をつないだり、離したりしながら後ろの方を歩いて いた。直子はポールと歩調を合わせて、軽快に前の方を歩いている。背が 高いので、後ろからもよく見えていた。

しばらくは両側に畑がみえていたが、山道になってそのうち樹林帯に入り、両側は背の高いスギの並木だ。前方に鳥居が見えてきた。鳥居をくぐると 道は急に坂道となった。

香織は結城君の手につかまって、あえぎながら、坂道を上り続けていると、東雲山荘の看板のある建物の前に出た。

「もう少し先が山頂だ。あとひと息だ!」と須山先生が後ろから叫んだ。

まもなく山頂に着いた。山頂は広く、東屋が建っていて、周囲を見渡せば、大岳山や鷹ノ巣山、御嶽山もすぐ間近に見える。山々の向こうに、都心の 高層ビル群やスカイツリーが、そして、ふり向けば、富士山もくっきりと 見えた。晴れた日で、幸運な1日だった。

皆、写真を撮り合ったり、トイレをすませたり、土産物を買ったりして  いた。 

「では、そろそろ下山するぞ。下りこそ、気をつけて行け。山道から舗装道路になった後、町へ出れば車が多いから、並ばず1列で行くんだ、いいな」
須山先生が大声で皆に注意した。

下り道にかかると、道は急な下りで、香織はまた結城君に支えられながら、滑り落ちそうな道を下った。しばらくすると、急になだらかな土の道が続いた。

白岩の滝を見て、その後琴平神社がひっそりとたたずんでいた。香織はここでも、手を合わせてお祈りをした。周囲は鳥のさえずりが、かしましいほどだった。

山道は終わり、舗装道路に出た。道沿いに「武蔵五日市へ」と記された道標が立っていて、香織は結城君の前を歩いていた。

「今日はなんにもなく、無事歩けたな」
結城君が、ガッカリしてるのか、ほっとしてるのかわからない言い方を  した。

「毎日散歩してたのは、ワンゲルのためでもあったの。2度と失神しない ためにね」
「やっぱ意地っ張りなんだな。失神したっていいのに。その方が、オレの 存在価値が見せられるのにさ」
「やだ、みっともないもの、クフフ・・でも、今日もずっと支えてくれて、ありがと」
「ん、楽しかったな・・おねえさんのこと、何か名案を思いついたら知らせるけど、期待はしないでくれよね」

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