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 3章-(7) ペアのかがみ

「おせわばっかかけて、ごめんなさい。それから、ひどいこと言っちゃって、ほんとにごめんなさい」

香織の心ない言葉が始まりだもの、少し大きく、やっとそう言えた。ペアは助け合いのはずなのに、助けられてばっかり。ほんとにごめんなさい、と 心から言いたかった。

「そう言ってくれて、うれしいよ」

思いがけなく、結城君が自然にそう言ってくれた。胸がじんとした。

「ハーイ、ショウージ!」

前方の上り坂のてっぺんに、長身のポールの姿が見えた。見晴台の休憩場から迎えに戻ってきたのだ。

ポールはピューピューと冷やかしの口笛を鳴らすと、坂道を一気に駆け下りて来た。

「オリはどうかしたのか?」

ポールは結城君の右腕のリュックをもぎ取ると、自分の肩に移した。

結城君が英語で説明している。香織が失神して斜面を転落した話をしてるのだろう。

「オー、ザッツトゥバッドたいへんだったな!」

見晴台は、その短い上り坂の上だという。もう間近だった。

「わたし、下ります。もうだいじょうぶ」

背負われた姿で皆の前に現れたくなかった。特に直子に見られたくない。

でも、遅かった。坂の上に数人、様子を見に戻って来た元気者たちが見下ろしていた。

「ひょう、ナイスペア!」

「うらやましーい」

ヤジがこだました。香織はもがいて結城君の背中をすべり降りた。すると、結城君がぐいと香織の背中のリュックをつかんで、もぎ取った。

ひゅうひゅう、ピー。口笛と拍手の中を、香織は結城君に片腕を支えられて、坂道を登った。

「笹野はメチャクチャだな。自分のペースを守れ、と言っておいただろう」

傷の手当ては日野先生にまかせながら、若杉先生は厳しい口ぶりで言った。

「内山が言ってたぞ、前の晩寝不足だって? スタミナもないくせに、自己管理できないようでは、ワンゲル部には向いていないな」

シュンとしている香織に、先生は更に言った。

「ペアの結城君には、充分お礼を言うんだな。ペアのかがみだよ。彼も足に擦り傷をして靴下に血がついてたぞ」

そうだったのか。もう一度、ちゃんとお礼を言わなくては。香織は見渡して、結城君の姿を探した。休憩時間はポールといるのか、傷の手当てをしているのか、近くには見当たらなかった。

直子が日野先生を手伝って、ハンカチを水で濡らして、足首の血を拭いてくれたりした。

手当てとお小言から解放されると、直子がオレンジをむいてくれながら、くわしい話をせがんだ。

「へえ、オリ、失神したの。うらやましーい、あたしね。一度でいいから  失神してみたいんだ。映画や本で出てくるじゃない。中学の時から、夢だったの。夏の朝礼のときなんか、チャンスと思うのに、一度もないんだもんね。どうせ失神するなら、男子がいなきゃ、おもしろくないし・・」

「へんなシュミ、へんなユメ!」

香織は小さく笑った。夢と口にしたことで、あの風のような触れるか触れ  ないかのような、やわらかいあたたかいものが、浮かんできた。あれは夢  かなあ。

ふと見やると、ポールと結城君が左に、宮城千奈さんが右にと、3人が向かい合っている。宮城さんはカメラを構えて、2人を写そうとしているところだった。

直子が思い出したように言った。

「島君たらね、こんど映画を見に行きませんか、だって」

「いいじゃない、直子、ナイスペアじゃないの。見込みあるよ」

「だって、結城君の方が10倍もすてきだもん。」

「それなら、がんばるしかないよ」

「でもさ、もう、オリに取られちゃった感じだしなあ」

そんなこと言われると、なんと言い返したらいいのだろ。何も言えないよ。ほんとに結城君にはあんなにいろいろしてもらって、最後の背負われてる のを見られちゃったし・・。取られたって、思うだろな。
香織の胸には、結城君の姿や言葉がつぎつぎ浮かんで、それは直子にも言えない、そっとしまっておきたいものに思えた。

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