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3章-(1) 引越し前日

土曜日の午後、直子はテニスの約束で、出かけて行った。内田、前田、横井の3人が、学校の帰りに、香織のへやを訪ねて来ることを、直子に前もって話しておいたのだ。芦田さんは用事ができて、来週末に来てくれるそうだ。               

内田さんが重なった封筒の山を見せながら言った。
「17人には、送り出したのよ。送り出し担当者の名を、内田・前田・芦田にしたものだから、私たちに礼状が届いたの。オリは読んでる暇より、編む時間が欲しい気がして、今日お持ちしたの」
「ありがとう。助かるわ。今週は4枚編めたのよ。でも、明日はおへやの 引越しで、時間を取られて、少ししか編めないと思うわ」

横井さんがしゃしゃり出るようにして言った。
「だから、私がお手伝いに明日も来るのよ。今度はどのへやに移るの?」
「2階の10号室なの。寮監先生のお隣のへやね。階段を上がってすぐだから、少しラクみたい。同室の直子は私の真下のへやなの。つまり、直子は 隣のへやへ移るだけなの」

横井さんが驚いたような声を上げた。
「それなら、オリと直子さんと、へやを入れ替えれば、引越しがもっとラクなのに」

すると、前田さんが寮監先生の気持ちを察するように、こう言った。
「先生は、オリがたくさんの編み物注文を受けていて、やり過ぎて無理しないか、見守るおつもりなのよ」

香織はそうなのかも、と頷いた。今は3年生が当番を交代してくれてるけれど、なんだか時間に追われる感じがいつもあって、なるべく深呼吸する時間を多くしなくては、と自分でも気づいている。

横井さんが直子の机の上に重ねてあった〈文化祭の写真〉をちらと見て、
「あっ、オリの後ろに写ってる人、星城校のバレー部の決勝戦で、すごい サーブをしてた人じゃない? あたしたち、ユウキ、ユウキって応援したじゃない。オリの彼なの?」
内田さんも覗いて、あら、そうだわ、と言い出した。

「オリの彼氏だったの! すごーい! 写して時、私見てたのに、ユウキさんって、気づかなかった。試合の時は戦いのオーラが凄かったけど、こんなに穏やかな人だったのね。オリ、うらやましい!」
3人にうらやましいを連発されて、香織は恥じらって首をすくめていた。

内田さんたちは、箱詰めになっている「額縁」に4枚のモチーフを丁寧に 入れ、ガラスが割れないような、専用の封筒に表書きして、切手を貼った。額縁の裏には、すでに香織がすべてにサインをしてあった。
文化祭参加のお礼を含めた、新しく印刷した長目の文も用意してあり、最後に内田たち3人の名があったが、香織が自筆で書く署名欄もあり、香織も書き入れた。

香織は前もって言っておくことにした。
「来週は3枚がやっとだと思うわ」
「それじゃ、来週の土曜日は、芦田さんと私の2人で送り出しにくるわね」      と前田さんが言うと、
「そうね。これから2人ずつにしましょうか。これで失礼しましょ。この まま郵便局に投函しておくわね」と内田さん。

横井さんはほんとに明日手伝いに来るつもりらしく、何時に引越しは始まるの、と訊いた。
「食事が終って、9時からね。寮中がごったがえすんだって」
「わかった。間に合うように来るわね。楽しみ!」

3人は4枚の額縁をバッグに入れて、帰って行った。香織の時間を奪わないように、気遣ってくれたのだ。  

香織は3人を送り出すと、すぐにベッドによじ登った。夕べは頑張って4枚仕上げてから、アイロン賭けまですませておいた。そして今朝も、いつものように数段まで終らせて、食堂に出て、そのあと授業もあり、眠らずにはいられなかった。 

目が覚めると、まだ西日が明るく照らしていた。香織は先に散歩をすませて来ようと、ラジオとケイタイを入れたポシェットを肩にかけて、寮を出た。

ラジオを聞きながら軽快な足取りで、寮の裏側からぐるりとケヤキやモミジの木々の下を通って、校舎の裏側を通り、正門の方へ向かう。

ジャラーンとケイタイが鳴った。歩きながら耳に当てると、聞こえたのは 結城君の声だ。
「久しぶりだね。木曜の会話の日が、おじゃんになって残念。ママも残念 がってたぞ。バレー部の試合があったとはね。今から、正門に来れないか?ちょうど部活が終ったんだ」
「いいよ、今散歩してて、ぐるっと回って、正門に向かってるところなの」
「おっ、そんじゃ、すぐ行くぞ。待ってろ!」

ほんとに駆けだして来たらしく、星城校は目と鼻の先なのだから、部活の ジージャン姿のままで、正門に駆けつけていた。

門衛の中井茂おじさんが、香織を見てにっと笑い、どうぞ校内へと言うように、結城君に手で示した。結城君も笑顔でおじぎを返した。

香織は結城君と手を繋いで、ネムノキの森の方へ向かった。
「明日は、寮のへやのお引っ越しの日なの。荷物を全部持って、別のへやへ移るの」
「じゃ、オリはどのへやになるんだ?」
「さくら班で、2階の10号室。寮監先生の隣のへやなの」
「どのへやか、見ておきたいよ」

それで、香織は西寮の正面まで案内して行き、2階のへやを指さした。
「ほら、あのへや。2階の左から2番目。直子は私の真下のへやで、同じ さくら班なの。それがとっても嬉しい。食堂でもいっしょだし、窓から何か垂らしたら、下に届くもの」
「じゃ、陣中見舞いを届けるのラクだね。直子の窓をコンコン叩けばいいよな。そうか、今までも1階の1号室だったんだから、窓を叩けばすんだんだよな。気づかずに、懐中電灯で面倒くさいことやってたとは、ハハハ」

結城君は明日の引越しを手伝えないのを、残念がった。
「男子禁止とはなあ。オリが大荷物を運ぶのか」
「大丈夫よ。直子と横井さんて同じクラスで隣の席の人が、わざわざ手伝いに来てくれるの。文化祭で何人も、私のこと気にかけてくれて、手伝って くれてるの」
「よかったな。そういう人が何人もいて」     

 
   
    (画像は 蘭紗理かざり作) 

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